「相場で儲ける」ということ

charis2012-03-01

[雑] 「相場で儲ける」ということ  (朝日新聞2月26日「カオスの深淵」より)

2月26日の朝日新聞に、面白い記事があった。コンピュータによる金融や株の「高頻度取引High Frequency Trading」の話である。千分の一秒単位の高速で、コンピュータが自動的に相場を判断して売り買いの注文を出す。取引所のコンピュータと同じ建物の隣室に業者が自分のコンピュータを設置して、そこから発信する。というのは、遠くから売り買いの注文を出したのでは、信号の届く時刻がわずかに遅れて、同業他社に出し抜かれてしまうからである。取引所の建物の中には、そうした業者のコンピュータが何台も置かれているが、競争条件を平等にするために、取引するメインコンピュータと各業者のコンピュータとを「同じ長さのケーブル」で接続しているという。一回の取引で大きく儲けるのではなく、一回あたりの儲けはたとえば1銭、2銭という小額でも、相場の小さな波動ごとに高頻度で取引すれば、合計すれば多額の儲けになる。「大相場」で儲けるのではなく、「小相場」でこまめに稼ぐのだから、ある意味では「堅実」な取引のように見える。人間はプログラムを作るだけで、実際の取引はすべてコンピュータが自動的に判断して取引する。最先端技術なので、日本にはまだ高頻度取引を行う業者はないが、アメリカでは非常に活発に行われているという。


凄い時代になったものだと思うが、しかし私が一番興味を感じたのは、アメリカのヘッジファンドの会長が述べた、「こうした取引を多くの人が使うほど、競争が激しくなって利回りが下がる」という言葉である。つまり、高頻度取引をする業者が増えると、取引に参加する業者にとって儲けが次第に減ってゆくのである。なぜだろうか? 以下のように考えてみた。


株、為替、穀物原油の相場取引など、「相場で儲ける」のは、相手を出し抜くことに成功した場合である。つまり、「安いときに買って、高いときに売り」、その差額で儲けるのだが、問題はこの「安いとき」「高いとき」が何によって決まるかである。皆がどんどん買っているときは、相場が上がって価格は高くなる。だから、「高いときに売る」というのは、「他者がどんどん買っているときに、自分だけは売る」ということで、他者の逆のことをするのである。「安いときに買う」のも、「他者が売っているときに、自分だけは買う」ことである。要するに、自分だけは大勢の人たちの傾向と逆の行動を取ることが、「相場で儲ける」ことなのだ。「相手を出し抜く」ことにしか、利潤の源泉はない。


とすれば、このような競争的売買にコンピュータの高速・高頻度取引の割合が増えるとどうなるか? まず、相場の原則を確認すると、買う人と売る人の売買額が同じになれば、相場はそこで張り付き、価格は上下の変動をやめて、線は水平に延びるだろう。つまり、価格は均衡して固定する。たとえば、相場が上昇中であれば、買う人の方が売る人より多いわけであるが、上昇が続けば、「そろそろ売って、儲けるか」と考える人が増えてくるから、次第に買う人の割合は減ってゆき、上昇の勢いは止まる。下降中の局面でも、「そろそろ安値だから、買いに転じよう」という人の割合が増えれば、下降の勢いは止まる。こうした売買の判断を、今までは人間がしていたが、それではどうしても時間がかかる。ディスプレイの画面から相場の流れの微小な変化を読み取り、動物的な反射神経で反応し、急いでクリックして注文を出す。熟練トレーダーでも、2、3秒はかかるだろうか。「相手を出し抜く」のが仕事だから、トレーダーは体力と決断力がいる。30歳前後の若い人でなければ務まらない[写真参照]。だが、この判断をコンピュータが行って、千分の一秒単位で指令を出せるのだとしたら、人間がコンピュータに勝てるはずはない。コンピュータによる高頻度取引が増えてゆくわけだ。


しかし、である。人間とコンピュータとの競争ではなく、コンピュータ同士での競争が激しくなれば、どうなるだろうか。相場の潮目の変化を「相手より先に読んで取引指令を出す」競争なのだから、その判断+操作を参加者がみな千分の一秒単位でするようになれば、要するに、他者を出し抜いて逆の行動をすること自体が難しくなり、価格を均衡に向かわせる力が強まって、相場の変動幅が小さくなるはずである。だから、売り買いの「小口の利ざや稼ぎ」の余地も小さくなって、儲けが減ってゆく。従来の人間の判断による取引ならば、時間がかかるから、ぼんやりしていて判断が遅れる参加者もいて、「相手を出し抜く」ことが可能であった。そこには、相手を出し抜くためのタイムラグがあった。だが、コンピュータによる瞬時の判断ばかりになれば、このタイムラグがなくなり、「相手を出し抜く」ことも難しくなる。


コンピュータによる瞬時の判断は、相場の小さな変動でこまめに稼ぐためのものだから、リーマンショック世界恐慌のような大暴落のときにはまったく役に立たない。人間よりも早く、売り注文だけを一斉に出すから、暴落を大きく助長する。コンピュータを止めて、強制的に取引そのものを中止するしかない(取引所の閉鎖)というのは、笑い話ではないわけだ。相場による利潤は、「相手を出し抜くこと」にもとづくことが明白だが、これほど露骨ではなくても、資本主義一般にこれと似た側面がある。遠隔地貿易による価格差や、性能のよい新製品の開発による市場の制覇は、大きな利潤を生み出すが、それが知られるや否や模倣する他者が続々と参入して、利潤は減ってしまう。他者ができないことを自分がやっている短い時間だけしか利潤は生れない。だから資本主義自体が、本質的な不安定性を抱えているといえるだろう。