[今日のうた15] (7月1日〜31日)
(挿し絵は松尾芭蕉、芭蕉の俳句は背景が分からないとよく理解できないものが多く、鑑賞には注釈が欠かせない)
・ 市中は物のにほひや夏の月
(野沢凡兆、作者は芭蕉の弟子の中でもシャープな感覚の人、「蒸し暑い夏の夕べ、街中はいろいろなものの匂いが漂っているなぁ、でも月が澄みきっている」) 7.1
・ 水枕ガバリと寒い海がある
(西東三鬼1940、季語「寒し」をわざと無効にする無季の句か、一年中いつでも、水枕は当てた瞬間「ガバリと寒い海」だから) 7.2
・ 夏帯や運切りひらき切りひらき
(鈴木真砂女1961、「今日は、とっておきのこの夏帯を締めるわ、いいことがたくさんあった帯だもの」、作者1906〜2003は、捨て身の恋で知られる人、銀座で小料理屋「卯波」を経営、『いよよ華やぐ』(瀬戸内寂聴)のモデル) 7.3
・ 香水の香ぞ鉄壁をなせりける
(中村草田男1936、「いやぁ、この女性の香水の香りは凄い、鉄壁で自分を包んで人を寄せ付けない」、「香水」は夏の季語、俳諧(=おかしみ)の句) 7.4
・ ぎりぎりの裸でゐる時も貴族
(櫂未知子1996、「部屋が暑いので、服を脱いで下着だけに、それにしても貴族みたいに堂々としてるわね、私って」、1960年生れの作者は、エロスのある“濃い”俳句を作る人、これはロンドンで詠んだ句、彼女の代表作) 7.5
・ 男には首のサイズがあることの何か悲しきワイシャツ売場
(俵万智『かぜのてのひら』1991、男のワイシャツは夏は暑苦しい、ネクタイも締めるからね、サイズがあるんだよ、店員さんが首に巻尺を巻きつけてサイズを測ってる) 7.6
・ ねむりながら笑うおまえの好物は天使のちんこみたいなマカロニ
(穂村弘1990、作者24歳の作、寝顔のかわいい彼女なのか、言葉の取り合わせがユニークな相聞歌) 7.7
・ 思い出す旅人算のたびびとは足まっすぐな男の子たち
(江戸雪2001、教科書がそうだったのか、現代の「たびびと」はどういう姿をしているのだろう) 7.8
・ はなやかに轟くごとき夕焼けはしばらくすれば遠くなりたり
(佐藤佐太郎1939、作者の第一歌集『歩道』(1940)中の一作、夕焼けを時間の中で捉えた) 7.9
・ 虹二重(ふたへ)神も恋愛したまへり
(津田清子1949、「あっ、珍しい二重の虹が、神さまが恋をしているんだわ」、虹の神々しさと美しさ、作者1920〜は橋本多佳子と山口誓子に俳句を学んだ) 7.10
・ ピストルがプールの硬き面(も)にひびき
(山口誓子1936、「パーンと乾いたピストル音が鳴った、プールは水なのに硬い物質の表面を反射するように音が聞こえる」) 7.11
・ 手花火の項(うなじ)へ人の息許し
(正木ゆう子1986、「私の手にある線香花火をよく見ようと、体を傾けた彼氏の息がふっと私のうなじにかかる、いいのよ、いいのよ」、相聞の俳句は難しいのだが、これは見事な句) 7.12
・ 大夕立ありてせりふの通らざる
(初代中村吉右衛門、「夕立の音の中で舞台に立つ」、作者1886〜1954は虚子に師事、歌舞伎役者には俳人も多い) 7.13
・ 羅(うすもの)をゆるやかに着て崩れざる
(松本たかし1935、作者1906〜56は病弱のため能役者を断念、虚子門下「ホトトギス」で活躍、格調の高い写生句を詠んだ) 7.14
・ ひとひらのレモンをきみは とおい昼の花火のようにまわしていたが
(永田和宏1975、「きみ」は若き日の河野裕子、「とおい昼の花火」はレモンの切片のように透明なのか、透き通るような美しい相聞歌) 7.15
・ 生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ
(梅内美華子1991、「男という生き物の性欲は切ないんだよ」とか言って卑屈に甘えながら求めてくる彼氏に、ノンと言う20歳の作者、「君は男だ」が冴えている) 7.16
・ 朝やけがよろこばしいか蝸牛(かたつぶり)
(小林一茶1808、「やぁ、カタツムリくん、殻から少し出てきたね、この美しい朝焼けを一緒に見ようか」) 7.17
・ 涼しさや鐘をはなるゝかねの声
(蕪村1777、「まだ涼しい朝方、六時を告げる鐘が撞(つ)かれる、撞木(しゅもく)が鐘に当たった瞬間、ゴーンという音がゆっくりと鐘を離れてゆく」、鐘の音は時間の中でゆっくりと伸び、そして広がる) 7.18
・ もりもりもりあがる雲へあゆむ
(種田山頭火、作者1882〜1940は漂泊の俳人、自由律俳句の短いものが多い、平易な表現の中に即物的で鋭い把握がある) 7.19
・ 月面に脚(あし)が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを
(村木道彦、1969年7月20日は、アポロ11号が初めて人類を月面に送った日、作者はそれを恋人とTVで見ているのか) 7.20
・ なぜ銃で兵士が人を撃つのかと子が問う何が起こるのか見よ
(中川佐和子1989、天安門事件のTV映像を見ている母と子、「何が起こるのか見よ」の一言に激しい怒りと悲しみが、私自身もこの歌を朝日歌壇で読んだときの衝撃を覚えている) 7.21
・ 見られゐることを見てゐるサングラス
(稲畑汀子、作者1931〜は虚子の孫、「相手はサングラスを掛けているので、視線の動きは見えない、いぶかしげにサングラスを見つめる私の表情を楽しんでいるのかな」) 7.22
・ ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
(桂信子、作者1914〜2004は日野草城に師事、女性らしい柔らかな感性の句を詠んだ) 7.23
・ 念力のゆるめば死ぬる大暑かな
(村上鬼城1915、まだクーラーのない時代、「念力」で猛暑に耐える作者、今年は一昨日22日が大暑) 7.24
・ 夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
(三橋鷹女1940、作者1899〜1972は、強い個性的な俳句を詠んだ人、「夏痩せしたけど、私、嫌いなものはぜったい食べません!」) 7.25
・ わたつみの豊旗雲に入日さし今夜(こよひ)の月夜清明(あきら)けくこそ
(天智天皇『万葉集』巻一、「海の上に旗のような大きな雲があり、赤い夕陽がさしている、今夜はきっと澄みきった明るい月夜だろう」、結句の「清明己會」は賀茂真淵が「あきらけくこそ」と読んだ) 7.26
・ 君かりにかのわだつみに思はれて言ひよられなばいかにしたまふ
(若山牧水『海の声』1908、真夏の海に大きな入道雲が、あの入道雲に「言い寄られ」たらどうしようと空想する作者) 7.27
・ 横ぐもをすでにとほりてゆらゆらに平たくなりぬ海の入日は
(斉藤茂吉1934、和歌山県白浜温泉で、夏の夕日が海に没するのを詠う、水平線に達した太陽は、水蒸気や空気の厚い層を通る光が屈折するので、色や形が豊かに千変万化) 7.28
・ 恋人たちが見つめあわずにすむように花火は天の高みに開く
(井辻朱美1991、「天空の高みに開く花火は、恋人たちから互いに見詰め合う時間を奪ってしまう」、昨日は隅田川花火大会でした、恋人たちの視線は天の高みのスカイツリーにも?) 7.29
・ 炎天に白薔薇(はくさうび)断つのちふかきしづけさありて刃(やいば)痛めり
(水原紫苑1989、「炎天下に白バラを切り取った、バラが抵抗したのだろうか、気づくとすっかり刃が痛んでいる」、ゲーテ「野ばら」のように性的なものの暗喩なのか、シュールな歌) 7.30
・ 蛸壺やはかなき夢を夏の月
(芭蕉1688、「夏の月が海を照らしている、タコ壺の中ではタコたちがはかない夢を見ているのだろう、じきに夜が明けて、朝には君たちは捕まってしまうねぇ」) 7.31