オッフェンバック『ホフマン物語』

charis2013-08-04

[オペラ] オッフェンバックホフマン物語』 二期会新国立劇場


(写真下は、上から第2幕「オランピア」、右側の筒の中にいるのがオランピア、手前はその「父」の物理学者、というのも、彼女は人間ではなく、人間の姿をした機械人形だから。その下の写真は、第1幕の酒場の光景、中央の人物が詩人の青年ホフマン、この酒場はゲーテの『ファウスト』のように、大学生が集まっている)

オッフェンバックはもともとドイツ人だが、19世紀後半にフランスでオペレッタ作曲家として活躍した。彼がたった一つ作曲したオペラが『ホフマン物語』だが、完成前に病死したので(1880年)、友人が加筆して完成した。その後も草稿紛失騒ぎなどがあり、この作品にはいくつもの版がある。1970年代以降、大量の自筆譜や初演譜が何回も発見され、それらを考慮して改訂された「ケイとケックの新校訂版」(2005年)が現在の決定版となっている。ところが、本上演では、指揮者のミシェル・プラッソンの強い希望で、昔のスタンダードだったシューダンス版(1907年)にもとづいている。その理由は、物語が、歌手の女性アントニアで終わるのがオッフェンバックの真意であろうとプラッソンは考えるからだ。


私は『ホフマン物語』を観るのは初めてなのだが、オペレッタ作家だけあって、全体がとても楽しい作品になっている。詩人であり音楽家である若きホフマンが、三人の違ったタイプの女性に失恋する。本上演では、前半のオランピアの部分までが高揚感に満ちて充実しているのに対して、後半はやや内容が薄いように感じた。特に、高級娼婦ジュリエッタがホフマンを罠にかける第3幕はあっさりしていて、鏡像を盗まれるという面白い話もあるのだが、何か物足りない。歌手アントニアが歌うことで力尽きて死ぬ第4幕も、やや単調に感じられた。


それに対して、圧倒的に面白いのは、ロボット令嬢オランピアが活躍する第2幕だ。オランピア機械仕掛けの人形なので、動き方もぎこちないし、声も金属的なキンキン声なのだ。これをコロラトゥーラ・ソプラノに歌わせるというのが、とてもうまい。現代では、ヴォーカロイドというのだろうか、人工の合成音で歌う女性キャラが人気なのと、このオランピアの可憐さは、何か通じるものがあるように思われる。しかもオランピアは、19世紀の機械仕掛け人形なので、少し離れた場所にある操作盤をたえず人が動かしていないとだめで、その操作がときどき手抜きされると、がっくりと首を垂れたり、突然動きが止まったりする。「父」の物理学者が「いやちょっと気分が悪くなったので」とか誤魔化して、病気に見せかけるなど、人間に見せかけようと必死になるのが面白い。


そんなわけで、第2幕はとても楽しいのだが、全体の物語としては、寄せ集めなので、構成にやや難があると思う。まあ、色彩も美しく、オペレッタ風の楽しい作品だからこれでよいのかもしれないが。男装したミューズがたえずホフマンに付き添って励ますのが、とてもよい。このズボン役は非常に魅力的だ(小林由佳)。男性バリトンがやる演出もあるというが、やはりメゾが似合うと思う。ホフマン役の樋口達哉も若々しくて、声もよかった。演出は粟國淳。