今日のうた32(12月)

charis2013-12-31

[今日のうた] 12月1日〜31日


(写真は正木ゆう子1952〜、伸び伸びとした自由感に満ちた俳句を作る人、読売俳壇選者)


・ 乳房ふたつかかはりもなし冬霞
 (正木ゆう子『静かな水』2002、二つの乳房が自分によそよそしく感じられるのか、それとも、二つの乳房がそれぞれ別人格のように独立しているのか、デリケートな身体感覚と「冬霞」との取り合わせが絶妙) 12.1


・ 冬紅葉しづかに人を歩ましむ
 (富安風生1961、秋の紅葉には勢いと美しさがある、それらがやがて落葉し、樹にへばりつくように僅かに残る冬の紅葉、むしろ味わい深いのはこちらだろう) 12.2


・ 月をこそ眺めなれしか星の夜の深きあはれをこよひ知りぬる
 (建礼門院右京大夫、「これまで月を眺めることばかりしてきたので、星の美しさにはあまり気が付かなかった、今夜初めて知ったわ、こんなに美しいのね」、詞書に「十二月一日頃、時雨の空が夜に晴れて」とある) 12.3


・ 火のごとくわれは在りたし碧空(へきくう)に天狼燃ゆるそのしろがねや
 (水原紫苑『びあんか』1889、「天狼」とは冬の夜空に輝くシリウスのこと、シリウスは青白く燃えるように美しい) 12.4 


・ 冬の夜の星君なりき一つをば云ふにはあらずことごとく皆
 (与謝野晶子『白桜集』、二年前に夫の寛を亡くした晶子1937年の作、「冬の夜空の星を見上げると、そこに貴方がいるわ、一つの星ではない、全部の星が貴方よ」、晶子も1940年には脳溢血に倒れ42年に逝去、死後刊の『白桜集』には美しい旅の歌が多い) 12.5


・ 戦争が廊下の奥に立つてゐた
 (渡辺白泉1939、『京大俳句』に発表、作者は新興俳句運動の指導者の一人、『京大俳句』弾圧事件で検挙、すでに日中戦争は始まっており、太平洋戦争も近い、日本は今また秘密保護法が) 12.6


・ 人幾重(いくへ)組織幾層その奥に渠(かれ)らおぼろにて罪かがやけり
 (高野公彦『淡青』1982、「渠」という字には「みぞ」「首領、かしら」等の複数の意味がある、メールや電話を盗聴するアメリカの情報機関のように、日本も国家が国民を監視するのか、スノーデン氏のような告発者を封じるため秘密保護法は機能する) 12.7


・ 人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ
 (南原繁『形相』1941年12月8日の作、真珠湾攻撃英米への開戦ニュースを聞いた驚き、作者1889〜1974は政治学者で当時東大法学部教授、人格と識見を謳われ、戦後東大総長を務めた、アララギ派歌人でもある) 12.8


・ 小春日のをんなのすはる堤かな
 (室生犀星1935、作者1889〜1962は詩人として著名な人、優しく美しい俳句を詠んだ、いかにも暖かそうな小春日、「女」ではなく「をんな」という仮名書きも効いている)  12.9


・ ルノアルの女に毛糸編ませたし
 (阿波野青畝1952、ルノアールには「かぎ針編みをする少女」「編み物をする娘」等があり、小さな布や糸を持つ姿だ、その代りに毛糸を編めというのではなかろう、ルノワールの女たちはふくよかな肉感をもつ、それが毛糸のふっくらした感じに似ているのか) 12.10


・ 毛糸編む女をやめてから久し
 (櫂美知子1960〜、「女をやめて」というところが俳諧の味、ところで、時間があると黙々と「毛糸を編む女」は以前より減ったのだろうか) 12.11


・ 忘れずよまた変はらずよ瓦屋(かはらや)の下焚く煙下むせびつつ
 (藤原実方『後捨遺和歌集』、「清少納言よ、人には秘密の僕らの関係だけど、しばらく行かなかったら、君は「私のことはもう忘れたの」なんてささやく、僕は忘れないよ、僕の愛情は変らないよ、瓦を焼く小屋の煙がむせるように、むせび泣いているよ」、詞書も訳す、作者は清少納言が少女時代から憧れていた貴公子で、関係は長く続いたらしい、彼女の返歌は明日) 12.12


・ 賤(しづ)の屋の下焚く煙つれなくて絶えざりけるも何によりそも
 (清少納言、「そう、瓦を焼く職人は、煙にむせても平気だから煙を絶やさないのは確かね、でも貴方の場合、私への愛情は絶やさないと言うけれど、本当かしら、何を根拠にそんな風に言うの?」、昨日の歌への返歌だが、珍しく清少納言がすねている、相手の藤原実方は、彼女が結婚はしなかったが本当に好きだった男性) 12.13


・ 電話ボックス冬の大三角形の中
  (今井聖2000、「冬の夜空に輝く、シリウスプロキオン(子犬座)、ペテルギウス(オリオン座)の三星を結んだ「大三角形」、その頭上の大三角形に囲まれるようにして電話ボックスが」) 12.14


・ 書物の起源冬のてのひら閉じひらき
 (寺山修司1935〜83、高校時代の作、というより寺山は15歳〜19歳の間に猛烈に俳句を作り、それきり止めた、「てのひら」に指で「へのへのもへじ」を書いたのが文字の起源、書物の起源なのか、とは多田道太郎氏の句解釈) 12.15


・ ささやきのごとき痛みよ消灯ののち暖かき胸にありたり
 (小野茂樹『羊雲離散』1968、消灯後、暗がりで彼女のことを思う作者の暖かい胸には、甘い痛みが彼女のささやきのように感じられる、作者にとって彼女は視覚・聴覚・触覚すべてにおいて存在するのか) 12.16


・ あやまてる愛などありや冬の夜に白く濁れるオリーブの油
 (黒田淑子1963、「愛に正/誤などあるのだろうか、ありはしない、なのにそう問わずにいられない、透明なオリーブ油が白濁するように」、作者1929〜は佐藤佐太郎に師事、刑務所の女子受刑者に作歌指導を50年以上続ける) 12.17


・ 形なきものを分け合ひ二人ゐるこの沈黙を育てゆくべし
 (小島ゆかり『水陽炎』1987、まだ始まったばかりの恋なのか、二人とも人見知りなのでなかなか会話がはずまない、でも相思相愛の二人) 12.18


・ あら何ともなや昨日(きのふ)は過ぎて河豚汁(ふくとじる)
 (芭蕉1677、「ああよかった、今、目覚めたけれど何ともないや、昨晩はフグ料理を食べたので、朝起きられるかどうか不安だったよ」、冬はフグの美味い季節) 12.19


・ 健男(ますらを)の現(うつ)し心もわれは無し夜昼といはず恋ひしわたれば
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「ああ、昼も夜も君に恋い焦がれる僕は、何にも手が付かず、弱々しくやつれて、男子たる雄々しい心も失った“へたれ”になっちゃったよ」、女に跪いて愛を乞う男は弱い) 12.20


・ 愛(は)しきやし誰(た)が障(さ)ふるかも玉鉾(たまほこ)の道見忘れて君が来まさぬ
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「誰か可愛い女の子がいるんでしょ、貴方はその子の方ばっかり行ってるから、私の家に来る道を忘れてしまったのね、ひどいわ」、万葉の歌は調べが美しい) 12.21


・ とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな
 (松本たかし1935、「焚火の火の動きと勢い、その面白さに気を取られていたが、ふと気が付くと周囲はもう真っ暗になっている」、今日は冬至) 12.22


・ 灯火(ともしび)の言葉を咲(さか)すさむさ哉
 (上島鬼貫1661〜1738、「冬の夜は寒いよ、でも、明かりの周りに皆が集まって体を寄せ合い、世間話の輪を咲かせるのは、楽しくていいな」、句の前書に「夜話」とある)  12.23


・ 無邪気という邪気ひそませて会いに行く好きだけだから好きだから好き
 (俵万智『かぜのてのひら』、20代半ばの歌、彼氏のことはまだ「好き」という以上ではない、でも会いに行く、醒めているけれど嬉しそうな作者、下の句の言葉遊びが楽しい、今日はクリスマスイヴ) 12.24


・ 待つことも別るることも今ならば能(あた)ふと冬の風に向かへり
 (栗木京子、20代前半の結婚前の歌、彼氏と何かあったのか、愛は平坦なものではない、「冬の風に向かって」歩む作者) 12.25


・ しづけさは斯(か)くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す
 (斉藤茂吉『白き山』、山形県大石田に移ったばかりの1946年の歌、「空気の音だけしか聞こえない」静かな冬の夜) 12.26


・ 夜ふけて再びみれば厳(おごそ)かの形象(かたち)のままに星かたむきぬ
 (佐藤佐太郎『立房』、昨日の茂吉の歌と同じ1946年の作、茂吉の弟子であった作者は東京に残る、星たちは「厳(おごそか)な形象(かたち)のまま」、天空のその位置だけが変わってゆく冬の夜更け) 12.27


・ わんといへさあいへ犬も年の暮
 (一茶、「ワン」と吠えることのない、おとなしい犬なのだろう、「でも年の暮なんだから一度くらい「ワン」と吠えてごらんよ」、顔なじみの犬に優しく語りかける一茶) 12.28


・ 帰省するバッグを抱え若者は一人となりてみな顔をもつ
(植村恒一郎「朝日歌壇」1994年1月30日、島田修二選、島田氏は「若者が帰省する時に初めて個々の顔を見せるという第二首、鋭い把握というべきだろう」とコメントをくださった)  12.29


・ 今までに忘れぬ人は世にもあらじおのが様様(さまざま)年の経ぬれば
 (よみ人しらず『新古今』巻15、「私たちが愛し合ったことなんか、もう貴方は覚えてないでしょうね、誰だってその後の人生に、幾つも恋をするものね、でも私は違うわ、貴方を忘れないわよ」) 12.30


・ 行く年のをしくもあるかなますかがみ見る影さへにくれぬと思へば
 (紀貫之古今集』、「今日は大晦日、こんなに早く過ぎた一年が惜しまれるよ、鏡に映る僕の顔さえ、なんだか老けて見えるなぁ」、貫之は35歳、老けるような年とも思えないが、年の暮れは人生の暮れと重なるのか) 12.31