今日のうた36(4月)

charis2014-04-30

[今日のうた] 4月1日〜30日
(写真は山口青邨1892〜1988、虚子門下、色彩感のある美しい句を詠んだ人、東大工学部教授を務めた)


ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり
 (穂村弘『シンジケート』1990、恋人と二人だけの春の夜、戯れの嘘を言った作者に、彼女は「嘘つきは泥棒のはじまり」ならぬ「どらえもんのはじまり」と応じたのか、今日はエイプリル・フール) 4.1


・ 夕光(ゆふかげ)のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝(かがやき)を垂る
 (佐藤佐太郎1968、京都・二条城の桜を詠んだ、しだれ桜は固有の美しさを持っているが、それを「輝きを垂る」の一言で表現) 4.2


・ 本を読む菜の花明り本にあり
 (山口青邨1934、「庭先の部屋で本を開いて読み出したら、ページに菜の花の黄色が映っている」、作者1892〜1988は虚子門下、東大工学部教授を務めた) 4.3


・ 遠里の麦や菜種や朝がすみ
 (上島鬼貫、「今朝は霞が出て薄くかすんでいる、遠くの里に見えるのは、麦の緑色だろうか、それとも菜の花の黄色だろうか、いつもはくっきりと分離しているのに」、作者1661〜1738らしい俳諧味のある句) 4.4


・ 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
 (在原業平古今集』巻1、作者が仕えていた惟喬(これたか)親王は、権力闘争に敗れ失脚、失意の中に迎えた桜の季節、「散ってゆく桜をご覧になるのは、空しいお心にとって、さぞかしつらいことでしょうね」と親王を思いやる歌) 4.5


・ 春日(しゅんじつ)を鉄骨のなかに見て帰る
 (山口誓子1936、「勤めの身なれば」と前書、職場近くに建設中のビルだろうか、硬い鋼鉄に柔らかい春の日が差しているのを、ちょっと立ち止まって眺めた、花鳥だけでなく鋼鉄にも春は訪れる) 4.6


・ たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
 (坪内稔典『ぽぽのあたり』1998、ほのぼのとして何とも言えずおかしみのある句、意味は不明、ドイツ人が読んだらPopoは幼児語で「おしり」だから何か思い浮かぶのかな) 4.7


・ 花いばら故郷(こきやう)の路(みち)に似たる哉
 (蕪村1774、「川の東側の丘を登ってゆくと、野ばらの咲いているこの小路は故郷の路によく似ているな、ああ故郷が懐かしい」) 4.8


・ ゆゑもなく我が下紐を解(と)けしめて人にな知らせ直(ただ)に逢ふまでに
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「こんなに突然、私の下着の紐が自然にほどけちゃうのは、貴方が強く私を思っているからよね、だったら絶対人に言っちゃだめ、私たちが会う前に人に邪魔されたくないもの」) 4.9


・ もろともにあはれといはずは人しれぬ問はず語りをわれのみやせむ
 (大納言俊賢母『新古今』巻11、「私は貴方に「愛してる」って言いたいわ、だから貴方も私に「愛してる」って言ってほしい、もしどちらも告白しなければ、私だけが聞き手のないまま「愛してる」って独り言を言うのかしら」) 4.10


・ 月夜よし夜(よ)よしと人に告げやらば来(こ)てふに似たり待たずしもあらず
 (よみ人しらず『古今集』巻14、「すてきな月夜だわ、「今夜はいい夜ね」と貴方に伝えさせると、「ねぇ来てよ」と甘えてるみたいで、ちょっとはしたないかな、でももちろん、貴方の来訪を待っていないわけじゃないのよ」) 4.11


・ 雉子(きじ)の眸(め)のかうかうとして売られけり 
 (加藤楸邨1946、春の雉はメスを求める発情期にあり、高鳴きもする、「眸がかうかうと」光っているのもそれか) 4.12


・ かぎろへる遠き鉄路を子等がこゆ
 (橋本多佳子1942、「線路の遠いところが陽炎にゆらゆらと揺れている、その向こうを子どもたちが横切っている」、作者は5年前に夫を亡くし、四人の娘が残された) 4.13


・ 感動を暗算し終へて風が吹くぼくを出てきみにきみを出てぼくに
 (小野茂樹『羊雲離散』1968、歌集の始めの方なので高校時代の作か、「風はぼくを出てきみに、きみを出てぼくに吹く」、いいなあ、みずみずしい相聞歌という点で、作者は日本短歌史上に特筆すべき人) 4.14


・ ねむれ千年、ねむりさめたら一椀の粥たべてまたねむれ千年
 (高野公彦『水行』1991、「心疲れたる人に、あるいは自らに」と詞書が、人間は、千年の眠りから覚めると、一椀の粥を食べ、また千年眠ることを繰り返すのか、日々の覚醒と睡眠も、どこか輪廻と似ている) 4.15


・ 遠足や教師の恋の見えかくれ
 (清水哲男『打つや太鼓』2003、「遠足に来ています、でもね、実は僕たち興味津津なのは、引率のA先生とB先生の挙動なんだ、どうもあやしい、気づかれていないつもりなんだろうけど、小学生でも分かるさ、もうすっかりできちゃってる」) 4.16


・ マネキンの囁き合へる朧かな
 (黛まどか、「月もおぼろに霞む春の深夜、誰もいなくなった街のショーウィンドのマネキン人形たちが、何かささやき合っている、ひそひそと何を話しているのかしら」) 4.17


・ 方言かなし菫(すみれ)に語り及ぶとき
 (寺山修司1954、高校3年の作、青森県弘前市生まれの作者、津軽弁で「すみれ」について語ったとき、うまく通じなかったのか) 4.18


・ 紅健やか「ノイエ・ローゼ(新しき薔薇)」かノイローゼか
 (中村草田男1969、赤が美しい五月のバラをドイツ語で「ノイエ・ローゼ(新しいバラ)」と言ったら、聞き手は「ノイローゼ」と聞き違えた、そう「ノイローゼ」=五月病になるくらい素敵な赤かもね、 草田男は東大独文で学んだ人) 4.19


・ ショート・パンツがようてステテコはなんでやねん
 (小寺勇、オジサンが街をステテコで歩いて注意された? 別解釈、若い女性の部屋、彼女はステテコを蛇蝎のごとく嫌っている、私が女子学生数人に「もし彼氏がステテコを」と尋ねたら、全員が「絶対イヤ、やめてもらう」と答えた) 4.20


・ おぼろ夜とわれはおもひきあたたかきうつしみ抱けばうつしみの香や
 (上田三四二『湧井』1975、作者がその女性を抱いたのは「おぼろ夜」だったのか、「あたたかきうつしみ(現身=生きている身体)」「うつしみの香」という表現が素晴らしい、性愛を詠んで気品と美しさのある歌) 4.21


・ 春雨に大欠(あくび)する美人哉(かな)
 (一茶1811、「春雨が降っている、おや、素敵な美女がいるな、あっ、大きな欠伸をしたよ、いやぁ、春だなぁ」、よほど大きな欠伸だったのだろう、春だもの) 4.22


・ ありのまんまんまでいたら 紋白蝶がもらいわらいをしていった
 (鳥海昭子『花いちもんめ』1984、「久しぶりに一人になって、すっかりくつろいだ姿でいたら、紋白蝶が飛んできて、くすっと笑ったような・・」、作者1929〜2005は児童養護施設の指導員をしながら、非定型のユーモラスな短歌を作った人) 4.23


・ 飽かでこそ思はむ仲は離れなめそをだに後(のち)の忘れ形見に
 (よみ人しらず『古今集』巻14、「愛し合っている私たちは、もし別れるならば、飽きがこないうちがいいかもね、だって、その名残惜しさが後々のいい思い出になるもの」、別れの口実を巧みに切り出して男の反応を見る女) 4.24


・ 今や夢昔や夢とまよはれていかに思へどうつつとぞなき
 (建礼門院右京大夫、「今が夢なのか、それとも昔が夢だったのか、もう分かりません、建礼門院さまの余りに淋しいお姿、どう考えても現実ではないような」、壇ノ浦で安徳天皇と入水したが救助された建礼門院は、出家して隠棲、久々に彼女に会った女官(=作者)の嘆き、今日25日は壇ノ浦の戦いの日) 4.25


・ 房総へ花摘みにゆきそののちにつきとばさるるやうに別れき
 (大口玲子1998、作者は1969年生れ、せっかくのデートが思いがけず別れに直結してしまったのか、ありうることだ) 4.26


・ 若葉して籠りがちなる書斎かな
 (夏目漱石1899、「若葉が美しい季節、でも、なぜか外出する気分になれず、引き籠りがちなんだ」、若葉の季節は人間の気分も変調をきたしやすい、漱石でなくても、ありそうなこと) 4.27


・ 蕊(しべ)深くさし込む夕日牡丹花
 (高濱虚子1951、いかにも虚子らしい見事な写実、この句を含む句集『七百五十句』は、虚子の死後、子の高濱年尾・星野立子の編集、『現代俳句の世界 高濱虚子集』(朝日文庫)より引用) 4.28


・ 美和と呼ぶ言葉の裏の安心を少し揺らしてみたい気もする
 (大田美和『きらい』1991、作者という彼女が出来たので得意な彼氏、さっそく作者を馴れ馴れしく呼び捨てにする、もちろん嬉しいけれど、ちょっと不満も) 4.29


・ 同乗の君からひらりと美しき逃亡を夢みる急カーブ
 (吉沢あけみ『うさぎにしかなれない』1974、大好きな彼氏との楽しいドライブ、だからこそ、こんな「美しき逃亡」を考えたりもする) 4.30