今日のうた46(2月)

charis2015-02-28

[今日のうた] 2月1日〜28日

(写真は小島ゆかり1956〜、宮柊二に師事し、現在「コスモス」編集委員、一瞬を切り取る力に優れ、やさしい愛情を詠んだ歌が多い)


・ 明けぼのや白魚(しらうを)しろきこと一寸
 (芭蕉1684、「まだほの暗い夜明けの海辺、網にすくわれてぴちぴち動いている小さなシラウオたち、その透き通った白の何という美しさ」、繊細な美意識の句) 2.1


水仙や美人頭(こうべ)を痛むらし
 (蕪村、美人はうつむきがちなのが似合うのか、心痛も多いのだろうか、清楚な水仙の花を美人に喩えた佳句、「美人」という語は岩波古語辞典にはないが、江戸期の浮世草子あたりからのよう、浮世絵には「美人画」もある) 2.2


・ 月凍り星をして星たらしむる
 (山口誓子1937、凍てついたように寒々とした冬の月、だが湿度が低い冬の夜空は一年でもっとも星が輝いて見える、星たちはいつになく近くから我々に語りかけているかのように感じられる、明日は満月) 2.3


・ 日の春をさすがに鶴の歩み哉
 (榎本其角、「今日は立春の日、鶴がいかにも鶴らしく、悠然と歩いているよ」、「さすがに」がいい、今年は今日2月4日が立春) 2.4


・ 冴返る音や霰の十粒程
 (正岡子規、「冴え返る」とは寒さがぶり返すことで、春の季語、パラパラという霰(あられ)の音を「十粒ほど」と言ったのが俳諧の味、昨日が立春だから今日はもう春) 2.5


・ 酒蔵に酒満々と冴え返る
 (清水哲男『打つや太鼓』、造り酒屋だろうか、酒蔵の大きな桶に「満々と」満ちる酒に、「冴え返る」を適用したのが絶妙) 2.6


・ しづかなる冬の浅間の稜線に親しき友のごとき筋見ゆ
 (植村恒一郎「朝日歌壇」1995年2月12日、島田修二選、島田氏のコメント:「見慣れた冬の浅間山、雪が降らなければ見えぬ筋が現れるのである」、冬の浅間山に浮かび出る「筋」はとても印象的です) 2.7


・ 小さくなりし一つ乳房に触れにけり命終りてなほあたたかし
 (清水房雄『一去集』1963、まだ若い妻が乳がんで亡くなった、切除しなかった方の乳房にやさしく触れる慟哭の歌、作者1915〜は土屋文明に師事したアララギ派歌人) 2.8


・ 臘梅(ろうばい)や雪うち透かす枝のたけ
 (芥川龍之介ロウバイは「梅」の字がつくが梅とは別種で、黄色い可憐な花が枝に付く、芥川のこの句では、枝に付いた雪を通して花の美しい黄色が透けて見える) 2.9


・ 初恋や氷の中の鯛の鱗
 (佐藤文香『君に目があり見開かれ』2014、作者1985〜は相聞の俳句を詠む珍しい人、初恋の彼氏と、鯛の活き造りを肴に豪勢に飲んだのか、氷の中に盛られた鯛の輝くうろこに、「わァっ、すごーい」と歓声をあげる作者) 2.10


・ 春や疾(と)き花や遅きと聞き分かむ鶯だにも鳴かずもあるかな
 (藤原言直『古今集』巻1、「春なのに花が咲かないのは、春が来るのが早すぎたのか、それとも花が遅すぎるのか、鶯に尋ねてみたいけど、その鶯がぜんぜん鳴かないなぁ」、立春過ぎてもまだ春らしくならない) 2.11


・ 東(ひむがし)の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
 (柿本人麻呂万葉集』巻1、「東の野に夜が明けてきた、暁の光がみなぎっている、西の方を振り返ると、もう月が地平線に落ちかかっている」、茂吉によれば、季節は冬、積もった雪に暁の光が反射して輝いているのが「かぎろひ」) 2.12


・ 是(これ)がまあつひの栖(すみか)か雪五尺
 (小林一茶1812、一茶は50歳のときに生まれ故郷の信州・柏原に帰り、そこで余生を過ごすことになった、柏原は妙高山にも近く豪雪で知られる、雪に埋もれたわが家の前で「これがまあ」に強い感慨が) 2.13


今川焼あたたかし乳房は二つ
 (飯田龍太1972、おもしろい句、今川焼屋の店先で女性が紙に包んでくれた今川焼を受け取った作者、一瞬、そのふくらみと暖かさを女性の乳房のように感じたのか) 2.14


・ こつそりと被りて愉し丈少しわれを越えたる娘の帽子
 (小島ゆかり『希望』2000、「中学生の娘の身長は私をちょっと越えた、娘の帽子をこっそりかぶって鏡の前に立ってみる、なんだ私たちそっくりじゃない、この帽子、共用にしたいな」) 2.15


・ 相克など狭き言葉を越えたかり欝の眉濃く君が問ふ愛
 (米川千嘉子1988、上の句は彼氏の言葉か、東大大学院生で電子工学専攻の彼氏と、互いの愛、短歌への愛、科学への愛、それらの「相克」について、熱い議論があったのか、「欝の眉濃く君が問ふ愛」がいい、素敵な彼氏) 2.16


・ 雪解の雫すれすれに干蒲団
 (高濱虚子1921、「陽を受けて暖かそうに膨らんだ干し蒲団、そこに触れんばかりにすれすれに、大きな雫がポタポタと落下している、屋根の雪が一気に解けてるんだ」、「ふとん」は冬の季語、「雪解け」は春の季語、冬と春も「すれすれ」) 2.17


風光る馬上の少女口緊(し)めて
 (長嶺千晶、「風光る」は春の季語で早春の風を言う、きりっと口元を緊めた馬上の少女のりりしい姿、早春の風が似合う、実景だろうか映画だろうか) 2.18


・ さ寝(ぬ)がには誰とも寝(ね)めど沖つ藻の靡(なび)きし君が言(こと)待つわれを
 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「僕と寝るのをためらっているの? そんなら僕は誰か別の女性と寝てもいいんだけど、でもね、僕を大好きになった君じゃないか、決心してウィって言うのを待ってるよ」) 2.19


・ 同じくは重ねてしぼれ濡れ衣(ごろも)さても乾(ほ)すべき無き名ならじを
 (左兵衛督隆房『千載集』巻11、「僕たち何もないのに恋人だって噂が立っちゃったね、一度立った噂は消えないだろうな、だから、二枚の衣を重ねて絞るように、これを機会に本当の恋人になっちゃおうよ」、「濡れぎぬ」を転じて「体を重ねる」をほのめかした技巧の歌、女の返しは明日) 2.20


・ 流れても濯(すす)ぎやすると濡れ衣人は着すとも身には馴らさじ
 (よみ人しらず『千載集』巻11、「私にも一緒に濡れ衣を着せようなんて、冗談はやめてほしいわ、濯げば汚れが落ちるように、噂はいずれ消えます、だいたい根も葉もない噂を流したのは貴方でしょ、貴方の恋人になんかなるわけないじゃん」、昨日の男への返し) 2.21


・ カトレアより目をはなしては遠雪嶺(とおゆきね)
 (きくちつねこ1022〜2009、カトレアは「洋ランの女王」とも言われ、華やかで美しい花が咲く、見とれていた室内のカトレアからふと目を離すと、遠くの山々が白銀に輝いて) 2.22


・ 山鳩啼く祈りわれより母ながき
 (寺山修司、作者は17歳、俳誌『七曜』1953年3月号に橋本多佳子選で載った、「母と並んで祈っていた頭をあげると母はなお祈りつゞけて額づいている・・・若い美しい句」と多佳子の選評) 2.23


・ エックス線技師は優しい声をして女の子らの肺うつしとる
 (猿見あつき・女・21歳、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、「あのレントゲン技師のオジサン、私たち女の子の時だけ、「はぁい、息をとめてくださーい、そう、そうですよぉ」なんて、妙に優しい声出すのかな」、「肺うつしとる」が巧い) 2.24


・ じゃんけんでいつも最初にパー出すの知っているからわたしもパーで
 (須田千秋・女、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、彼氏のことだろうか、やさしいというか、付き合い方のうまい賢い女の子) 2.25


・ あと2秒後にキスをするカップルを見つけてしまう雑踏の中
 (岸田弥也・女、『ダ・ヴィンチ』短歌投稿欄、穂村弘選、「なぜか見つけてしまうんです」と作者コメント、二人の姿勢と表情と体の微妙な動きから2秒後が分かってしまう、ラブラブのカップルって本当にいいね) 2.26


・ ひと晩に咲かせてみむと、/梅の鉢を火に焙(あぶ)りしが、/咲かざりしかな。
 (石川啄木『悲しき玩具』、妻子に言ったのか、いろいろと仕事のトラブルなどに悩む歌が並ぶ中の一つ、なんだか切ない) 2.27


・ 梅やなぎさぞ若衆(わかしゅ)かな女かな
 (芭蕉1682、「梅が咲いて、柳も緑になるのは、本当にいいねぇ、梅は美少年、柳は美女だもの」、今年も梅のシーズン)  2.28