青木涼子、エトヴェシュ・ペーテル『くちづけ』他

[現代音楽] 青木涼子、エトヴェシュ・ペーテル『くちづけ』他 東京文化会館・小 3月9日

(写真↓は3月9日の公演、青木は中央に立って謡う)

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 能の要素を導入した現代音楽で、静謐で張り詰めた美しさがとてもいい。能の二つの鼓を多様なパーカッションが代替し、笛をバスクラリネットとフルートが受け持ち、それにヴァイオリンとチェロが加わって、さらに青木涼子の謡いが加わる。形式としては、弦楽四重奏に声楽が加わるような感じだが、パーカッションが独特の鋭い音を出すので、表現様式としてはやはり新しい。アドルノは、現代音楽も、素材としての物理的な音をいかに形式の支配下に置くかに苦闘した西洋音楽の延長にあると述べたが、今回のエトヴェシュや細川俊夫の作品は、音の素材そのものの多様さを解放する、その自由な解放性が形式になっている。能の笛は、不安定さや音の逸脱によってある種の不調和を導入するが、バスクラリネットやフルートに置き換えると、むしろ音の調和を創り出す側に回っているように感じられる。管楽器や弦楽器の音の柔らかさに対して、青木の謡いには、ざらざらした質感があり、それがとてもいい。声も含めて、音の素材性が自由に解放されていることが、エトヴェシュや細川作品をきわめて新鮮なものにしている。(写真下は↓、「くちづけ」の世界初演、1月27日スウェーデン、このときはエトヴェシュが指揮をしている)

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 もう一つ、今回の曲の中では、細川俊夫「打楽器のための線Ⅵ」も素晴らしかった。10分間くらい、神田佳子が一人で幾つもの太鼓を演奏するのだが、バチで叩くだけではない。太鼓の皮に対して、10本の指をピアノを弾くように震わしながら触れたり、指でひっかいたり、腕で撫でたり、腕全体で抱くようにこすったり、貼ったガムテープをはがしたりする。それぞれみな違う音がするのだ。太鼓の皮への触れ方によって、かくも多様な音が作られること自体が驚きだ。タイトルは「線」になっているが、神田は、まるで体操のように両腕をゆっくり回してから叩いたりするので、線というよりは面になって、音が広がっていくように感じた。

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舞台の動画はないが、青木涼子自身↑による解説動画が↓。

https://www.youtube.com/watch?v=p8PZJKnxhEI