今日のうた(116)

[今日のうた] 12月ぶん

(写真は長谷川櫂、朝日俳壇選者をつとめる)

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  • 冬の日の白堊かがやく灯台を十年(ととせ)へて今日見つる親しさ

 (上田三四二1970『湧井』、三浦半島観音崎にて、灯台というのは独特の趣があるが、それは海という自然の中に人工物が突出しているからだろうか、「十年前」にここに来た作者は「今日、再び見る親しさ」を覚える) 12.1

 

 (上床順子「朝日歌壇」11月29日、「大阪都構想否決。何も変わらずうどんに柚子を。政治社会を詠う時の距離の取り方が絶妙」と、永田和宏選評」) 12.2

 

  • 猫よけのペットボトルを胸のなか仕舞い込むから光ってしまう

 (toron*「東京新聞歌壇」11月29日、「住宅地の中でふいに光って悪目立ちする、あのペットボトル。猫を除けるように何かを拒絶する心理を比喩的に表現したのだろう」と、東直子選評) 12.3

 

 (砂狐「東京新聞俳壇」11月29日、「コロナ禍を救うという神、アマエビの仮装の人が、魔法使いやゾンビの中にいるのが、今年のハロウィーンだ」と、小澤實選評) 12.4

 

  • 我がために太陽回る日向ぼこ

 (森木道典「朝日俳壇」11月29日、高山れおな/長谷川櫂選、「天上天下唯我独尊の恍惚」と、高山選評。たしかにそんな気持ちになることはある) 12.5

 

  • 愛(うつく)しと思へりけらしな忘れと結びし紐の解(と)くらく思へば

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「貴方は今きっと、私のことを愛しいと思ったのね、だって貴方が「忘れるなよ」と言って結んでくれた下着の紐が、自然にほどけちゃったんだもの」) 12.6

 

  • 君や来(こ)しわれや行きけむおもほへず夢かうつつか寝てか覚めてか

 (よみ人しらず『古今集』巻13、「業平さん、昨晩は貴方が私のところへ来たのかしら、それとも私が貴方のところへ行ったのかしら、分らなくなっちゃった、夢なのかしら現実なのかしら、寝てたのかしら覚めてたのかしら」) 12.7

 

  • つらきをも恨みぬわれに習ふなよ憂き身を知らぬ人もこそあれ

 (小侍従『新古今』巻13、「貴方に捨てられたのに恨まない私って、珍しい女よ、でも女はみんなそうだなんて思わないでね、捨てられた辛い自分を諦めきれず、ただただ貴方を恨む女だっているんだからね」) 12.8

 

  • いかにせん千草の色はむかしにて又さらになき花の一本

 (式子内親王『家集』、「ああ、もうどうしようもないのね、たった一本の花さえもないのね、百花繚乱の花が美しく咲いていたのは、もうずっと前のことなのね」、「又さらになき」は式子のここにしか用例がない強い表現、と註) 12.9

 

  • あらぬ方に冬日の影の逃げてゐし

 (高濱虚子1931、午後2時頃をすぎると、よく経験することだが、ぐっと日が落ちるために、ものの影が、つい先ほどとはまるで違う方向と長さに遠ざかっている、「逃げてゐし」という表現が卓越) 12.10

 

  • 凩の白雲ひとつ光(て)りてゆけり

 (橋本多佳子1936、晴れ渡った快晴の日に、強い木枯らしが吹いているのだろう、青空に浮かぶ「たった一つの白雲」が「光りながら」高速で動いていった) 12.11

 

  • 葱抜くをんな寒の夕焼炉のごとく

 (飯田龍太1949、すっかり日が暮れて周囲はとても暗いのに、寒い畑で女が葱抜きの作業をしている、山並みをなぞる夕焼けが、炉の火のように真っ赤に燃えている) 12.12

 

  • 永く居て薄き冬日にあたたまる

 (中村草田男『長子』1936、おそらく暖房のない室内のガラス窓の近くだろう、「薄い冬日」だが窓辺はかすかに暖かいので、少し「永く居て」しまった、畳の部屋にはまだ炬燵や火鉢くらいしか暖房がなかった時代) 12.13

 

  • 肺に肺を押し付けられて乗り込めば湿原は湿度を増すばかり

 (高山由樹子「灯台を遠く離れて」、『歌壇』2019年2月号、作者1979~は第30回歌壇賞受賞、朝に通勤する東京の地下鉄車内を詠んだもの、「湿原」はどんどん「湿度を増すばかり」、密閉、密集、密接の「三密」なんてもんじゃない) 12.14

 

・ 抜歯して埋めようのない喪失感 歯はたましいの一部ならねど

(杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、たしかに抜歯したあとの、あの「埋めようのない」変な感じは独特のもの、それを「たましいの喪失」みたいと感じたのが面白い) 12.15

 

  • ほぼ四つ七十代のバイトあり介護・外食・警備・清掃

 (今出公志「朝日歌壇」12月13日、馬場あき子・高野公彦選、駅の清掃、工事現場の交通整理、道路工事などは、高齢男性がやっていることが多い、若者はもっとペイのいい仕事に回り、こうした仕事は高齢者に残されているのか) 12.16

 

  • 日常の舟にあなたが乗り込んで、最初は少し傾くけれど

 (加藤ふと「東京新聞歌壇」12月13日、東直子選、「恋人と日常をともにすると最初は違和感や戸惑いを覚える。そのことを舟に人が入ったときの揺れで表現した。「けれど」で止めた余韻がいい」と選評) 12.17

 

  • 夕空の色をほどきて毛糸編む

 (鹿沼湖「東京新聞俳壇」12月13日、石田郷子選、「「夕空の色」でどんな色を連想するだろう。夕焼けの朱色、澄んだ群青色。それらが混じり合った複雑な色合い。壮大な夕空を手元に引き寄せた」と選評) 12.18

 

  • 冬銀河経済回す夜の街

 (多田敬「朝日俳壇」12月13日、長谷川櫂選、冬銀河が大きく広がる星空の下に、「夜の街」のネオンが灯っている、バーや飲食店も含めて、そこで働いている人々は生きていかなければならない、コロナ禍のなか、切ない光景だ) 12.19

 

  • 没日消え冬木の高さのみとなる

 (加藤楸邨『寒雷』1939、かすかに残っていた夕日の明りもスーッと消えて、気が付くと周囲はとても暗い、真っ黒な影絵になった「冬木の高さのみ」となる) 12.20

 

  • 冬の午後十六時は真(しん)の夜のごとき

 (山口誓子1932『黄旗』、東日本は日暮れが早い、曇りの日など、午後4時すぎにはまるで夜のように暗くなる、今日21日は冬至) 12.21

 

  • 霜夜二人子熟睡(うまい)してはや寝息なし

 (森澄雄、1950年頃、著者は30歳少し過ぎか、九州から上京して都立高校で社会を教えるようになったばかり、二人の子はまだとても幼い) 12.22

 

  • 雪嶺よ女ひらりと船に乗る

 (石田波郷『鶴の眼』1939、正面には、日本アルプスのような連峰が真っ白に高く聳えているが、作者のすぐ眼の前には川か湾があって、船が出ようとしている、今、「ひらりと一人の女が船に乗った」、高い雪嶺と「ひらり」が呼応する面白い構図の句) 12.23

 

  • 雪の戸の堅きを押しぬクリスマス

 (水原秋櫻子『葛飾』1930、作者はサンタクロースになった気分で自宅の戸を開けたのだろう、医者である作者はクリスマスの日も仕事、何とか夕食に間に合って帰宅、雪で堅くなった戸を押す、奥では小さな子供たちが待っている) 12.24

 

  • 茫々としたるこころの中にゐてゆくへも知らぬ遠(とほ)のこがらし

 (斎藤茂吉『つきかげ』、茂吉の最晩年の歌、たまに意識がぼんやりする時があるのだろう、「心の中が茫々としている」のがそれだが、戸外の「遠いこがらし」はむしろ鮮明に聞こえている) 12.25

 

  • 星たちのなかに孤独に移りゐる人工の星ひかりさやかに

 (佐藤佐太郎1960『群丘』、人工衛星は、夜空の星が星座となって止まっている中を、ゆっくりゆっくり動いているのが見える、それを「孤独に移りゐる」と詠んだのが卓越) 12.26

 

  • 濃紺の重きスカートの丈測り硬き屈辱に百人を終ふ

 (米川千嘉子『夏空の櫂』、1986年の作か、作者は20代半ばで女子高校の若い教師だった、生徒管理の一環として制服検査が厳しい(今はどうなのだろう)、教師も生徒も「硬き屈辱」のうちに検査を終えた) 12.27

 

  • 祖母の背と母の背似るをさびしめるわれをうしろから誰か見てをり

 (小島ゆかり『希望』2000、「うしろから誰か見てをり」がいい、作者の娘はたぶん中学生、祖母、母、私、娘の四世代が同じ部屋にいる、たぶん祖母、母、私の三人の背は似ているのだろう) 12.28

 

  • にんげんにこよなく近き歴史にて木にも肌あり力瘤あり

 (今野寿美『世紀末の桃』1988、木を見ていて、ふと、この木は何歳くらいなのだろうかと思った、「にんげんにこよなく近き歴史」なら、作者とあまり年は違わないのか、自分と同じように「肌があり力瘤がある」) 12.29

 

  • 分別(ふんべつ)の底たたきけり年の昏(くれ)

 (芭蕉、「借金返済の時期である年の暮れは、みんな苦労するよね、ない知恵を無理に絞り出すようにして、なんとかやり繰り算段するからさ」、ユーモア句、「底たたく」は「全部を出し尽くす」の意) 12.30

 

  • ふさはしき大年(おほどし)といふ言葉あり

 (高濱虚子、「大年」とは、「大みそか」「大つごもり「大蔵(たいさい)」と同じ意、「大年越し」とは、「まるごと一年の全体が終る」という感じか、この句は「ふさはしき」という表現が卓越、言葉を詠むことによって事柄を詠む、皆さまよいお年をお迎えください) 12.31