今日のうた(120)

[今日のうた] 4月ぶん

(写真は、在原業平825~880、『伊勢物語』の主人公と言われ、『古今集』には30首が入集、貫之は業平を「その心余りて言葉足らず」と評した)

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・ 手のなかに鳩をつつみてはなちやるたのしさ春夜(しゅんや)投函にゆく

 (小池純代『雅族』1991、「春の夜、書いたばかりの手紙を白い封筒に入れて、郵便ポストに投函に行く、手紙を投函するのは鳩を放つようなたのしい気分、鳩よ、○○さんの所へ飛んでゆけ!」) 4.1

 

  • 告白をされて一本増える道 それはそれとしてバイトに向かう

 (乾遥香2020、23歳の作者は本歌を含む「夢のあとさき」で「第三回・笹井宏之賞」大賞、それまで互いに漠然と好意を感じていた男の子からついに告白が、「一本道が増える」ように彼との関係が確かなものになるか、でも意外と冷静な作者) 4.2

 

  • 他人の恋は豆電球のあかるさで薄い硝子に触りたくなる

 (小島なお『展開図』2020、作者1986~は小島ゆかりの娘、「他人」とは作者の親しい女友だちなのか、その友だちが初めて恋をしたのか、よかったね、いい恋だね、うまくいくといいね、と優しく見守る作者) 4.3

 

  • にんげんに美貌あること哀しめよ顔もつ者は顔伏する世に

 (川野芽生『Lilith』2020、現代は新しい野蛮が風靡しており、ずうずうしく鉄面皮な者がどや顔で威張っている、人間らしい「にんげんの」顔をした者はうつむきがちで、ほんものの「にんげんの美貌」を見ることも少なくなった) 4.4

 

  • いちめんのたんぽぽ畑に呆けていたい結婚を一人でしたい

 (北山あさひ『崖にて』2020、作者1983~は北海道在住、歌誌「まひる野」同人、第七回現代短歌社賞受賞、生きにくい時代を頑張って生きている切ない心情を詠む、「結婚を一人でしたい」が光る) 4.5

 

  • 観音のいらか見やりつ花の雲

 (芭蕉1686、「深川の芭蕉庵から、かなり遠くの浅草寺方面を眺望したよ、いやぁすごいな、雲のようにどこも桜で一杯だ」、当時は気温の関係で、桜が咲く時期は今よりやや遅かったようで、たぶんソメイヨシノではなかっただろう) 4.6

 

  • 辻風(つじかぜ)や雲雀上がれと夕日影

 (榎本其角、「春は風が強いな、いま、一陣のつむじ風が吹き上がった、上空に夕陽を浴びて輝いている雲雀たちに、さあ、もっと高くいこうぜ、と呼びかけているんだ」、「上がれ」と命令形になっているのがいい) 4.7

 

  • ゆく春や逡巡(しゅんじゅん)として遅ざくら

 (蕪村1782、桜が開花する時期は年によってかなり前後があったのだろう、遅めに開いたある年、桜はなかなか散らず、春そのものが「逡巡している」ように感じられる) 4.8

 

・陽炎(かげろふ)や笠の手垢(てあか)も春のさま

 (一茶1805、あいかわらず貧乏な独り暮らしの43歳、「ゆらゆらと揺れる陽炎を見ているうちに、ふと自分の笠に付いた手垢もなんだか模様のように感じられる、俺らしい「春のさま」だな」) 4.9

 

・花水木彼かぎ彼女かぎ香なし

 (山口青邨、花水木は別名アメリヤマボウシとも呼ばれ、アメリカでは人気の花、バージニアノースカロライナでは州花に、でもこの句にあるように、香りはどうなのだろうか、我が家の近所も花水木が咲き出した) 4.10

 

  • おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛(こちた)く言はれしものを

 (よみ人しらず『万葉集』巻11、「私がつい漏らしちゃったせいで、私たちのことで周りが騒がしいわね、でも、おかげで貴方を思う私の気持ちはますます強くなるわ」) 4.11

 

  • 寝ぬる夜(よ)の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな

 (在原業平古今集』巻13、「貴女と寝たあの夜のことを、昨夜夢に見たんだけど、長くは続かず、はかなく覚めてしまった、それが悔しくてそのままうとうとしていたら、ますますはかなくなってしまい、ああたまらない」) 4.12

 

  • 稲妻は照らさぬ宵もなかりけりいづらほのかに見えしかげろふ

 (相模『新古今』15巻、「どの夜にも、一瞬チラッと遠くに稲妻が光るように、昼間は陽炎がチラッと見えるけど、それはすぐ消えて、もう見えない、貴方もチラッと見えたきり来ないのね、いったいどこにいるのよ」) 4.13

 

  • つかの間の闇のうつつもまだ知らぬ夢より夢に迷(まどひ)ぬるかな

 (式子内親王『家集』、「ほんの一瞬でいい、「闇の中の現(うつつ)」でいいから、貴方と逢いたい、でも、その現実の出逢いがないまま、貴方を探して夢から夢へとさ迷い歩いている私、ああ悲しい」) 4.14

 

  • 出てみれば雨 手に受けて春の雨

 (時実新子、作者1929~2007は『有夫恋』などで名高い川柳作家、でもこの句は、季語のある俳句のようにも見える、もともとは俳句は俳諧だった、すなわち滑稽味があるのだから、俳句と川柳とは連続している) 4.15

 

  • 踊っているのではないメリヤス脱いでるの

 (根岸川柳、メリヤスのももひき(?)がなかな脱げないので格闘しているのだろう、踊っているみたいになっちゃった、作者1888~1977は「十四世川柳」として活躍した人) 4.16

 

  • 老人がフランス映画へ消えてゆく

 (石部明、老人がフラッと映画館の中へ消えていった、やっているのはトリュフォーとかゴダールとかのフランス映画か、今ではフランス映画はあまり若者は観ないのか、作者1939~は現代川柳作家) 4.17

 

  • いつまでもいつまでも寝る前のよう

 (柳本々々、「もうそろそろ寝ようかという感じなのだが、なかなか寝ないで、「いつまでもいつまでも」その状態が続いている」、作者やぎもともともと1982~は、現代川柳作家にして歌人) 4.18

 

  • ひとならびテレビすべてに花景色

 (小池蘆風「東京新聞俳壇」4月18日、小澤實選、「家電販売店だろうか、並べられているテレビすべてに桜満開の様が映っている。異界ともいうべき空間が生まれた」と選者評、多数のTVの「異界の花景色」はたしかに印象的だ) 4.19

 

  • お日さまに愛されてをりチューリップ

 (長谷川瞳「朝日俳壇」4月18日、高山れおな選、「このシンプルな明るさ、細見綾子の<チューリップ喜びだけを持つてゐる>にも通じよう」と選者評、今、我が家の近所もチューリップが花盛り) 4.20

 

  • はるかぜに肌の全部を剥がされてこの生活も葉桜になる

 (アナコンダにひき「東京新聞歌壇」4月18日、東直子選、「上の句で春風に桜の花びらがすべて散っていく痛々しさを描き、下の句では葉桜となった姿を華やかな日々の後にも続く日常の比喩とした」と選者評) 4.21

 

  • 遠足もお泊まり保育も無き子等が「楽しかった」と卒園したり

 (蜂巣厚子「朝日歌壇」4月18日、永田和宏選、「多くの楽しみを奪われた園児たちが、それでも「楽しかった」と卒園していく様に胸を衝かれる。何も言わぬが優れた社会詠」と選者評) 4.22

 

  • ながむればかすめる空のうき雲とひとつになりぬ帰るかりがね

 (藤原良経『千載集』巻1、「上空の雁は、だんだん遠ざかって小さくなってゆく、ついに「春霞にかすんだ空に」輪郭がかろうじて見える「浮雲と一つになって」、「消えてしまった」、良経は叙景を詠む天才) 4.23

 

  • つれづれとふるはなみだの雨なるを春の物とやひとの見ゆらむ

 (和泉式部『千載集』巻1、「春雨がこのように降っていると、やるせなくて寂しい気持ちになる、この雨は私の涙なのね、なのに貴方はこの雨を、普通に春雨が降っているとしか思わないのかしら」) 4.24

 

  • ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりのゆふぐれの空

 (式子内親王『千載集』巻2、「夕暮れの空を眺めていると、どうしてこうも寂しくなるのでしょう、春はもう逝ってしまう、愛しい人と別れるときのように、その悲しさはどこにもやり場がありません」) 4.25

 

  • をしめどもかひもなぎさに春暮れて波とともにぞたちわかれぬる

 (藤原覚忠『千載集』巻2、「海路を旅している途中に春の終りが来た、夕方にある渚に着いて上陸し、今来た海をしばらく眺めていると、打ち寄せる波がまた沖に去ってゆくように、春も去ってゆくのを感じる」) 4.26

 

  • 薔薇の香に伏してたよりを書く夜かな

 (池内友次郎1906~91、虚子の二男である作者は、作曲家にして俳人、たしかに薔薇の花は、外に咲いている時よりも、剪って室内に活ける時の方が香を感じる、とりわけ静かな夜には。我が家も昨日、今年初めて庭の薔薇を剪って活けた) 4.27

 

  • 発電を終へたる水の若葉いろ

 (藤崎実、山間部の小さ渓流にある小さな発電所だろうか、ダム式ではなく導水管で水を落す方式、水車を回し「発電を終えた」水が合流する川の面には、山の若葉が一杯に映って水とともに輝いている) 4.28

 

  • 春もはや一畝うつろふ大根花

 (小田浪花、ダイコンの花は、ピンクに縁どられた白い小さな花だが、茎丈は一メートルほどに高く、菜の花に後続するように畑に咲く、菜の花の畝から「隣の畝にうつろう」ようにダイコンの畝が咲いて、春は深まってゆく) 4.29

 

  • 陽炎のづんづん伸びる葎(むぐら)かな

(一茶1808、道端によくあるムグラは、2ミリくらいの小さな花しか咲かず、とても地味で、いかにも雑草という感じ、しかも茎がぐんぐん伸びて藪になる、人に愛されないそんなムグラにも一茶は優しく呼びかける、「陽炎と一緒にづんづん伸びるね」と) 4.30