今日のうた(144) 4月ぶん

今日のうた(144) 4月ぶん

 

雪山に春の夕焼滝をなす (飯田龍太1951『百戸の谿』、30歳の作者は、故郷の山梨県境川村で妻子と貧乏な暮らし、「ある夕方、夕焼けが春の雪山に映って輝いている、まるで滝のように見える」、「滝をなす」という結句がいい) 1

 

春の鳥双眼鏡に一つかな (永田耕衣1939『與奪鈔』、「双眼鏡で一所懸命あちこち「春の鳥」を探したら、やっと一羽いた、まぁ、こいつを見るか」、いかにも耕衣らしい俳諧の味) 2

 

ゴム跳びやいちばん高きところに春 (宮本拓「東京新聞俳壇」4月2日、石田郷子選、「上手にゴム跳びをする子。しだいに高くなってくるゴム段にめくるめくような感覚があり、春の輝かしさを覚えた」と選者評」) 3

 

山笑ふ笑ひだしたらとまらない (岩野記代「朝日俳壇」4月2日、大串章選、「春はどんどん進んでゆく。まさに「笑ひだしたらとまらない」、俳諧味あり」と選者評) 4

 

灯ったり消えたりしてる宵の窓 瀕死のティンカー・ベルならおいで (土居文恵「東京新聞歌壇」3月月間賞、東直子選、失恋した友人の女性に優しい共感を寄せているのか、その優しい心情が伝わってくる) 5

 

空欄に適語を入れよすぐそこに□の足音、「春」か「戦(いくさ)」か (岩部博道「朝日歌壇」4月2日、永田和宏選、「まことに、当たってしまいそうなのが怖い穴埋め」と選者評) 6

 

子羊にセーター着せて育つるは疫病の世の女庭師 (水原紫苑「片足立ちのたましひ」2022、犬に服を着せて散歩させる女性はよく見かけるが、「子羊にセーター着せて育てる女庭師」はたくぶん架空だろうが、前者が一瞬そう見えたのかもしれない、コロナ禍のマスクとも重なって) 7

 

人しらぬ花もこそ咲けいざさらばなほ分けい入らむ春の山道 (樋口一葉1893、半井桃水との恋のことだろう、人に知られたくない恋だったが、一葉が嬉しそうに桃水のことを話すので、家族に怪しまれて、気づかれ、別れさせられてしまった) 8

 

われはもよ不知火をとめこの浜に不知火玉と消つまたもえつ (石牟礼道子1947、「本当に、私は<不知火をとめ>そのものだなぁ、夜の海上に現れる不知火のように、燃えたり消えたりする火の玉のような魂だ」、深い詠嘆がとても悲しい) 9

 

童貞に向けられている放送を処女の私はひっそりと聞く (川島結佳子『感傷ストーブ』2019、作者1986~は短歌研究新人賞次席、ラジオ放送だろうか、性体験をするまでは誰もが童貞/処女なわけで、性体験に対するかすかな不安を詠んだのか、だが「うん。何も変わっていない私は悩む処女から悩む非処女へ」という歌もある) 10

 

花魁の衣装に瀧の多きこと女は響きといへるごとしも (水原紫苑、「その花魁(おいらん)の衣装はすごく色鮮やかで、瀧がたくさん描いてある、水の勢いがすごく、滝の音がするというよりも「女自身が響いているかのごとく」流麗な感じだ」) 11

 

さびしさに慣るるほかなし春落葉 (西嶋あさ子、作者1938~は安住敦に師事、「落ち葉」というと秋を思いがちだが、椎、樫、楠などの常緑樹は春に葉を落とす、春は桜の花や新緑ばかりではない、落葉もたくさんある、ふと「さびしさ」に気づいたが、それに「慣れるほかはない」) 12

 

春昼(しゅんちゅう)の指とどまれば琴もやむ (野澤節子、作者1920~95は大野林火に師事、「琴を弾いている自分の手をちょっと止めたら、琴の音もやんだ」という句だが、「(琴ではない)何か手作業をしている自分の手をふと止めたら、外から聴こえていた琴の音もやんだ」ともとれる) 13

 

舞姫はリラの花より濃くにほふ (山口青邨、1937年、作者がベルリン工科大学に留学時の句、リラはライラックの花、「舞姫」は鴎外のそれを思わせるが、この句では、作者がよく行ったキャバレーの踊り子だろう、ヒトラーの首相就任の前年で、政治は騒然としていたはずだ) 14

 

ひとひらのあと全山の花吹雪 (野中亮介、おそらく吉野のように山に咲いている桜なのだろう、上田三四二「ちる花は数限りなしことごとく光を引きて谷にゆくかも」とはまた違った味わいのある句) 15

 

自転車に昔の住所柿若葉 (小川軽舟、「若葉が美しい柿の木の横に、古ぼけた自転車が停めてある、かなり前に行われた町名地番変更以前の住所が書いてある、年配の人の自転車なのだろうな」、「昔の住所」というのがいい、自転車から持ち主に想像が及ぶ) 16

 

香水の一滴づつにかくも減る (山口波津女、「香水」が夏の季語なのは、汗の匂いを消すために用いたからだろう、古くからあったはずだが季語は明治以降か、この句、「一滴づつ」使っているのに「かくも減ってしまった」といのがいい、作者1906~85は山口誓子の妻) 17

 

押さえてもふくらむ封書風薫る (八染藍子、作者1934~は俳誌「廻廊」主催、手紙を書き終えて封筒に封をする時だろうか、それとも封筒を手にしてポストまで歩いているのか、知人に手紙を書いてそれを出すことは、何かうきうきするような喜びがある) 18

 

ぬばたまの妹が黒髪今夜(こよひ)もか我がなき床に靡けて寝(ぬ)らむ (よみ人しらず『万葉集』巻11、「つやつやと光る美しい君の黒髪、今夜も僕のいない寝床で、あの黒髪を大きくなびかせて、君は寝ているのか」) 19

 

心をぞわりなきものと思ひぬる見るものからや恋しかるべき (深養父『古今集』巻14、「この頃、心というのは理不尽なものだと感じるようになったよ、逢わないと恋しくてたまらないから、逢えば恋しさは安らぐと思っていたけど、いや、君と逢えば逢ったで、ますます好きだよ!」) 20

 

偲(しの)ばれむものとも見えぬ我が身かなある程をだに誰か問ひける (和泉式部『家集』、「「貴女が亡くなった後まで貴女を愛します」なんて手紙来たけど、いつか私が病気の時には声もかけてくれなかったくせに、何よ、私が死んだ後まで想うなんて、うそばっかし」) 21

 

狩にぞと言はぬ先より頼まれず立ち止まるべき心ならねば (赤染衛門『千載集』巻15、「狩に出かけるとおっしゃるけど、仮にの間違いでしょ、言う前から分かってるわよ、こちらに太刀を留める[=持続的に愛する]つもりなんかないくせに」、母が娘に代って不実な恋人を責める代詠) 22

 

下にのみせめて思へどかたしきの袖こす瀧つ音まさるなり (式子内親王『家集』、「下にのみ」=心の中でだけ、「人に知られないように、せめて心の中でだけ貴方のことを想っている私、でもつらいわ、私が独り寝る袖に、涙が流れる音は隠せないから」) 23

 

思ひ出でて夜な夜な月に尋ねずは待てと契りし中や絶えなむ (藤原良経『新古今』巻14、「貴女のことを思って、毎晩にでも月に尋ねながら通うのでなければ、「行くから待っててね」と約束した貴女との仲は、絶えてしまうのだろうな」) 24

 

さそわれぬ憂さも忘れてひと枝の花にそみつる雲の上ひと (建礼門院右京大夫、「貴公子さまたちのお花見に、私たちが誘われなかったのは辛いわ、でもいいの、おみやげにいただいた桜の一枝がとても美しいから」、中宮徳子[建礼門院]の女房たちはたまたま誘われなかった) 25

 

目にかかる時やことさら五月富士(さつきふじ) (芭蕉1694、「そろそろ富士が見える頃かな、と思って五月晴れの箱根の関を越えたら、おお、わざわざ出迎えてくれるように富山が眼前に!」、「目にかかる」「ことさら」が絶句、芭蕉は箱根を越えたまま同年秋に大阪で死去) 26

 

恥しの老に気のつく花見かは (上嶋鬼貫、72歳の私はときどき原宿から表参道まで歩きますが、若い人が多い、鬼貫もこういう気分だったのかな) 27

 

大勢の中へ一本かつをかな (服部嵐雪、どういう座か分からないが、金座、銀座など貨幣を作る役所か、それとも商工組合の集まりか、大勢の人がいる座に、一本の大きなカツオがお供えのようにドンと置かれている、初夏の元気のいい光景) 28

 

けふのみの春をあるひて仕舞(まひ)けり (蕪村1769、春の最後の日を「歩いてお仕舞いにした」、この「歩いて仕舞う」というゆったりした感じがいい、同時期の句「歩き歩き物おもふ春のゆくへかな」もあり、「歩く」という身体運動が時計のように季節を区切ってゆく) 29

 

筍(たけのこ)のウンプテンプの出所(でどこ)かな (一茶『七番日記』、「運否天賦(うんぷてんぷ)」とは、運を天に任せること、「タケノコがあちこちからニョキッと地上に出てきてる、思いがけない所から出ていてホント面白い、運任せなんだな」、「うんぷてんぷ」という響きがいい) 30