[オペラ] 三木稔≪源氏物語≫

[オペラ] 三木稔源氏物語≫ 渋谷オーチャド・ホール 2月19日

(写真↑は舞台、中央の舞の白装束は源氏、緑は頭中将)

三木稔作曲、2000年にセントルイス歌劇場で初演された英語版を日本語版にして上演した。田中祐子指揮、東フィル。歌手は藤原歌劇団が多い。『源氏』54帖のうち40帖ぶんを3時間強に、上手く筋を纏めているのがすごい。登場する女性は、葵上、弘徽殿の女御、六条御息所藤壺、紫上、明石の上など、主筋に絞っている。米国初演のため『源氏物語』を知らない人にも物語が分るように構成され、場の切り替えがスムースで流れるように進む。桐壺帝をナレーターとして終始登場させたり、弘徽殿の女御が息子の朱雀帝と語り合って、源氏の色好みを罵倒するなど、原作にはない場面がよく工夫されている。最後、須磨に流された源氏が明石の上と逢うところで終わっているが、都に残された紫上が六条御息所の霊に殺されるなど、原作と大きく違うところもあり、『源氏』好きの人には、エエッと思うかもしれない。源氏に愛された女性たちは誰も幸福にはならなかったのだ、と上演台本を作ったアメリカ人のコリン・グレアムは言いたいのだろう。全体が、源氏その人にきわめて批判的なトーンになっている。考えてみれば、源氏だけはいい思いをするが、彼の愛した女性たちは皆苦しんで不幸なるのだから(紫上と明石の上は別だが)、ジェンダー平等であるべき現代の女性読者からすれば、『源氏物語』は面白くない酷い話だということになるだろう。また、弘徽殿が息子の朱雀帝に対して、源氏のことを「娼婦の子のくせに!」と罵るなど、随所が現代風の言い方になっているのが面白い。考えてみれば、『源氏物語』はそんなに「優雅」な物語ではないわけで、『フィガロ』や『魔笛』のように、オペラが愛の大団円で終わるというわけにはいかない。

(↑左から、源氏 桐壺帝 弘徽殿)

(↑源氏と葵上)

(↑紫上と源氏 少納言)

衣装が非常に美しく、シンプルでスタイリッシュな舞台装置もいい。音楽は、琴/笛と管弦楽との協奏曲のような形式に、アリアと重唱、合唱がつく。故人と生きている人との対話は二重唱にするなど、工夫されている。ただ、レチタティーヴォ的な歌い方が基調なので、その中からアリアや重唱がもっとくっきりと浮かび上がってもよいのではないか(モーツァルトのオペラのように)とも思った。

(↑源氏の後方は六条御息所)

(↑前の方、左から紫上 源氏 弘徽殿 朱雀帝、本来なら時間のずれた登場人物たちが一緒に登場して歌えるのがオペラの面白さかもしれない、先日のプッツ≪めぐりあう時間たち≫もそうだった)