[演劇] トニー・クシュナー『エンジェルス・イン・アメリカ』

[演劇] ニー・クシュナー『エンジェルス・イン・アメリカ』 新国 4月25日26日

(写真↓は、エイズに苦しむ若者たち、下の右端がプライアー[岩永達也])

上村聡史演出、二日間でⅠ部Ⅱ部合わせて合計7時間の大作。小田島創志の翻訳がよく、科白の言葉に耀きと深みがある。1985年から90年まで、エイズ禍に苦しむ同性愛者たちの物語で、全体としては「孤独」と「アイデンティティの政治」が主題。宗教、性別、国家イデオロギーエイズ患者、同性愛者、職業など、個人のアイデンティティを規定する幾つもの軸の交差が「インターセクショナリティ」の複雑な捻じれとなって、各自のアイデンティティがぐちゃぐちゃにもまれる。しかし激しい葛藤と模索を経て、最後には「前進」に向けて各自のアイデンティティが再構築される。そういう物語だ。エイズが登場してまだ数年、エイズはほぼ同性愛者のものとされ、同性愛者の性交渉によってエイズに感染するということは、非常に大きな苦しみと葛藤を生じさせる。というのも同性愛はまだ社会的にあまり認知されておらず、本人たちは秘密にしてきたわけだが、エイズに罹患することによって、自分が同性愛者だということが白日のもとに晒されてしまうからだ。こうしたアイデンティティの危機を引き起こすことが、普通の病気とは違う。プログラムノートによれば、現代の日本でもエイズの9割は男性で、その多くが同性愛者だということは、同じ問題が起きているわけだ。(写真↓は、現実と幻想が交錯し、天使や南極が現れる)

ただ、本作は、宗教的アイデンティティが重要な役割を果たしており、若者たちがそれぞれユダヤ教徒モルモン教徒であることが葛藤を引き起こし、また「共和党!」という言葉が繰り返し言われ、レーガン登場後のアメリカ政治の急速な右旋回の渦中に置かれていることは分る。また「レーガンの子どもたち」という言葉も何回も言われるが、日本人の私には、宗教や政治の微妙な局面性が分からないので、いまいちそのリアリティが掴めない。原作者のトニー・クシュナー自身がユダヤ教徒でありゲイでもあるので、ユダヤ教徒や同性愛者のアイデンティティの捻じれは、実際に切実な問題なのだろう。そして、唯一の実在の人物ロイ・コーン1927~86(山西淳)には驚かされた。彼はマッカーシー上院議員の片腕として「赤狩り」に辣腕を振るった弁護士だが、司法省や政界トップとの密接なコネクションによって非常な権力者となった。若い頃のトランプの弁護士でもあった彼は同性愛者であったことが死後に判明したが、生前はそのことを完全に秘密にし、むしろ同性愛者の権利獲得に敵対的な立場を取っていた。彼はエイズで死んだのだが、生前は肝臓ガンと偽っていた。ロイ・コーンは、アメリカ政界におけるロビー活動の凄さを垣間見せるが、権力の頂点にあった彼も、エイズで死ぬときは非常に孤独だ。(写真↓中央がロィ・コーン、若者たちに「人生」を教えようとするのだが)

本作は、このようにアイデンティティのインターセクショナリティ交錯と捩じれを真正面から描いた傑作だが、その歴史的文脈についての知識がないと完全には鑑賞できないもどかしさが残った。俳優は、ロィ・コーンの山西潤と、繊細な若者プライアーを演じた岩永達也、そして情緒不安定で薬を飲み続けるハンナ役の鈴木杏(↓)が印象的だった。エイズをめぐる、人々の深い苦しみと悲しみが、このうえなくリアルに伝わってきて、最前列だった私は観るのが苦しかった。

2分の動画が

新国立劇場の演劇さんはTwitterを使っています: 「『#エンジェルス・イン・アメリカ 』フォトコール映像(舞台映像あり)。 カコミ取材は、#岩永達也 さん、#鈴木杏さん、#水夏希 さん、#山西惇 さんにご参加いただきました。 大作ですが、あっという間の観劇だったというご感想をたくさんいただいています! チケット好評発売中! 5/28まで! https://t.co/CtaiFpvtpY」 / Twitter