今日のうた(149)  9月ぶん

今日のうた(149)  9月ぶん

 

涼しさは淋しさに似て夜(よ)の港 (石川星水女、「ようやく夜が涼しくなり、しのぎやすくなった、夜の港は気持ちがいい、でも、少し淋しくもある」、作者1918~?は「ホトトギス」系の俳人) 1

 

きみ嫁(ゆ)けり遠き一つの訃(ふ)に似たり (高柳重信1923~83、作者24才くらいの句、片想いだったが好きな女性がいたのだろう、その彼女が「嫁ってしまった」、その深い嘆き) 2

 

鶏(とり)たちにカンナは見えぬかもしれぬ (渡辺白泉、カンナの花が美しく咲いている傍らで、ニワトリのオスたちが興奮して激しく争っている、カンナの花はニワトリのとさかに似ているが、彼らはその美を鑑賞したりはしないのだろう、取り合わせの妙が巧みな句) 5

 

校長は背広のプール開きかな (今泉準一「東京新聞俳壇」9月3日、小澤實選、「校長は講話でもするのだろうか。ひとりだけ背広。あと全員は水着なのだ。「校長は」の「は」がよく効く」と選者評)  6

 

鈴虫や奇跡のやうな返事来る (藤岡道子「朝日俳壇」9月3日、高山れおな選、「どんな奇跡なのか。思わず引き込まれる表現だ」、と選者評) 7

 

ソクラテス無職と知りてハンモック (福田理沙、第26回全国高校俳句選手権大会、岸本尚毅選優秀賞、「哲学者の実像としばし向き合うことで、自身の心まで軽やかになる感じがうれしい」と、小澤實氏評) 8

 

この夏は空の友だちできました入道雲とひみつの会話 (石川結奈「朝日歌壇」9月3日、馬場あき子/佐々木幸綱共選、作者は若い女性だろうか、「入道雲とひみつの会話」というのがいい、たしかにこの夏は青空に浮かぶ白い雲がとても印象的だった) 9

 

「真ん中」はどこだと言うの東京があるなんて知らなかった頃の青空 (目地前さち「東京新聞歌壇」9月3日、東直子選、「国の「真ん中」の東京、という認識がなかったころは青空が違って見えていた気がした。果たして「真ん中」とは何か。批評眼のある一首」と選者評) 10

 

名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴(ほお)の大樹も星も動きぬ (米川千嘉子『夏空の櫂』1988、先者は夜空の満点の星に向かって、「樹よ!」「星よ!」と心の中で呼んだのだろう、そしたら、名前を呼ばれて「はいっ!」と応えるように、樹も星も「やはらかく動いた」) 11

 

ベッドの上にひとときパラソルを拡げつつ癒ゆる日あれな唯一人の為め (河野愛子『木の間の道』1955、作者1922~89は、旧満州で軍人と結婚したが、結核の療養のため内地の病院のベッドで安静の日々が続く、病床で夫への愛の歌をたくさん詠んだ) 12

 

出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ (中城ふみ子『乳房喪失』1954、作者1922~54、作者は乳癌で若くして逝去、夫が自分の元から逃げ出してしまい、四国にいるらしい、「いったい四国のどこにいるのかしら?」目を閉じて想像する四国は「美しい島」に見える) 13

 

ほのぼのと愛もつ時に驚きて別れきつ何も絆(きづな)となるな (富小路禎子『未明のしらべ』1956、作者1926~2002は旧華族の出身だが、男子が多く出征した世代なので独身を通した、でも一度だけ淡い恋愛の経験があるのだろう、その時の回想だが、下の句が辛くて悲しい) 14

 

そんなにいい子でなくていいからそのままでいいからおまへのままがいいから (小島ゆかり『獅子座流星群』1998、作者1956~は二人の娘の母、この歌は、娘が、母を悲しませてはいけないと、過剰に自己規制しているのを察したのだろう、口頭ではなく心の中で娘にこう言った) 15

 

むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす (芭蕉1689『奥の細道』、石川県小松で平家の武将、斎藤別当実盛の遺品を拝観した時の句、「(白髪を黒く染めて戦死した老)実盛の兜の下では、こおろぎがか細い声で鳴いている」) 16

 

ゆがんだよ雨の後ろの女郎花(おみなへし) (上島鬼貫、雨の水に濡れて、すっくと立っていた女郎花の花が傾いたのだろう、「ゆがんだよ」と女に呼びかけるように詠んだ) 17

 

仁王にもよりそふ蔦(つた)のしげり哉 (斯波園女1664~1726、作者は芭蕉の弟子の女性俳人法隆寺で詠んだ、山門の仁王像に、蔦が青々と「茂って」、まるで「寄り添うように」絡みついている、力強く荒々しい仁王に、蔦が絡みつく面白さ) 18

 

貧乏に追つかれけりけさの秋 (蕪村1771、夏じゅう頑張った絵が、思うように売れず、懐が少し寂しくなったらしい、「追つかれた」という表現に実感がこもる、「追つかれたり」とも「追つかれけれ」ともあったのを、蕪村は最終的に「けり」に直した、いきなり見ると一茶かと思うが蕪村なのだ) 19

 

うろたへな寒くなるとて赤蜻蛉(とんぼ) (一茶1804、「少し寒くなったからといって、そんなにうろたえなくてもいいんだよ、赤トンボくん」、一茶は42歳、独り者、彼も貧乏で秋寒には「うろたえて」いたのだろう、「な」「とて」の短い語が生きている) 20

 

祇園(ぎおん)の鴉(からす)愚庵の棗(なつめ)くひに来る (子規1897、秋になった、上野にある子規の貧しい庵に、カラスがやってきてナツメの実をついばんでいる、「祇園の鴉」とふざけているのが面白い、近くの吉原あたりにはたくさん鴉がいたのだろうか) 21

 

秋風の一人をふくや海の上 (漱石、1900年9月10日、英国留学へ旅立つ横浜港で詠んだ句、漱石の俳句は親友の子規の影響が大きいが、集中した句作もこれで途切れる、留学中の二年後に子規も死亡、それを考慮すると「一人をふくや」は感慨深い) 22

 

野にて裂く封書一片曼殊沙華 (鷲谷七菜子、「野にて」封書を「裂く」というのだから、穏やかではない、作者が婚約中の相手の男性は婚約を破棄したが、その手紙ではないかと言われている、彼岸の頃に咲く曼殊沙華の花も、怒っているのか) 23

 

子持山(こもちやま)若楓(わかかへるで)の黄葉(もみ)つまで寝もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思(も)ふ (よみ人しらず『万葉集』巻14、「さあ、やっと君とこうして共寝できたよ、このカエデの若葉が秋に黄葉になるまで、これからずっと僕は君と寝たいけど、君はどう思う?」) 24

 

見ても又またも見まくの欲しければ馴るるを人は厭ふべらなり (よみ人しらず『古今集』巻15、「一度僕と逢うとまた逢いたくなるから、貴女はそれを恐れて僕の求愛を無視しているのでしょうね[と思いたいけど、本当は、ハナから相手にされてないのかなぁ、トホホ]」) 25

 

試みよ君が心も試みむいざ都へと来てさそひ見よ (和泉式部『家集』、「[石山寺に籠もる私に、恋人の敦道親王から「いつ山を出るの?」と便りがあったので] 手紙じゃなくて貴方が直接ここに来て「さあ都へ帰らない?」って誘ってほしいわ、貴方の愛情の強さを私も試したいのよ」) 26

 

君恋ふと浮きぬる魂(たま)のさ夜ふけていかなる褄(つま)に結ばれぬらん (太皇太后宮小侍従『千載集』巻15、「貴方を恋する私の魂は、わが身を離れて浮かれ出ました、夜も更けた今、貴方以外の誰の褄[=着物の前を合わせた裾の左右両端の部分]に結ばれることがありましょうか」) 27

 

逢ふことを覚束なくて過ぐすかな草葉の露の置きかはるまで (よみ人しらず『新古今』巻15、「今朝、貴方が帰った後は、私は不安な気持ちです、今朝葉に残っていた露が乾いてなくなり、夕方また新しい露に置き換わるまでの長い間、貴方は再び来るかしらとずっと心配なの」) 28

 

逢ふことをけふ松が枝(え)に手向草(たむけぐさ)幾夜しをるる袖とかは知る (式子内親王『新古今』巻13、「貴方に逢いたくて、どれほど待ったことでしょう、毎夜松の枝に幣(ぬさ)を結んで祈りました、その幣がしおれるように私の袖も涙で濡れているのをご存じかしら」) 29

 

結(ゆ)ひ初(そ)めて慣れし髻(たぶさ)の濃(こ)むらさき思はず今も浅かりきとは (源実朝金槐和歌集』、「今まで深く愛し合ってきた貴女は、遠くへ去ってゆくのですね、初めて貴女の髪を結んだあの緒の濃紫の鮮やかな色がさめないように、私の気持ちも決してさめません」) 30