[演劇] 劇作家女子会『クレバス2020』 シアター風姿花伝

[演劇] 劇作家女子会『クレバス2020』 シアター風姿花伝 9月29日

(写真↓は舞台、コロナ禍で、東京では人間関係がもみくちゃに揺さぶられた、が主題)

文学座の稲葉賀恵演出。面白い群像劇だ。コロナ禍では、我々の日常生活で思いもしない色々な出来事が起きた。それらの出来事によって、我々の普段の生活があらためてあぶり出された。それには些細な悲喜劇もたくさんあるが、いずれ忘却されるから、このような演劇の形式で記憶を後世に残す意味は大きい。そういう作品だ。コロナ禍によって、それまでは思いもよらなかった仕方で人間関係が揺さぶられ、試練を受けた。つまり「誰もがクレバスに落ちてしまった」、だが、その「クレバスに落ちてしまった」状態を、皆それなりに楽しんでいるようなのが、本作の面白いところだ。「密を避ける」「距離を取るsocial distance」「不要不急の外出」など、言葉にすれば簡単な一言だが、その内容は何と多様でニュアンスに富んでいることだろう! 会社の仕事が自宅待機やテレワークになったりするだけで、日常生活は一変する。普段は忙しくて街の「公園」など行ったことのない人も、「公園」に行くという「初体験」をすることがある。冒頭、37歳の誕生日の前夜に自殺しようとして公園に来た女性は、闇の奥のベンチでセックスしている大学生と目が合ってバツの悪い思いをする。こちらは包丁を持っているので、向こうの女性は泣き出してしまった。こちらもどう弁解してよいのか、なかなか苦労する。いつもながら伊東沙保は名演↓)

猫好きでいつも猫カフェに行っていた青年は、猫カフェが一時閉鎖されたために、狂わんばかりに、枕などを猫の代わりに抱きかかえて走り回る。友人と一緒にアパートの同室に住んでいる女性は、相手の女性の彼氏も引っ越してくることになり、事態が複雑になった。新しい不動産物件を探すが、それを友人の女性たちが手伝ってくれるのだが、人と人との距離感もまた揺れる(写真↓ チェホフ「三人姉妹」のように互いに励まし合いながら)。

大学の授業や会社のテレワークなどがZoomになったことは、結構な大事件で、Zoomに自分の身体をどこまで映すか、大いに悩む。ある女性は最初は上半身を映していたが、次第に顔だけになり、最後は、鼻から上しか見せないようになった。顔といえば、マスクもまた悩ましい。アベノマスクはガーゼだし、小さくて顔の大きさによっては使いにくい、耳に掛けるゴムもきつい等々。マスクによって顔が半分は隠れるわけだが、それがいい人も嫌な人もいる。「不要不急の外出を避けよ」という「指令」もまた、さまざまな解釈の余地がある。タイヤキの大好きな青年は、タイヤキが「不要不急」なものか悩み、買いに行くが肩身が狭く、注文を間違えてしまう。もっとも面白かったのは、「密を避けよ」という「指令」のために、ラブホに二人で行かず、それぞれノートパソコン持参で、別々のラブホに行って、互いの体を画面に映し合いながらセックスをする若者。実話なのかもしれない。一時里帰りしたいが、「東京ナンバーの車」は白い眼で見られるから帰れない。もともと遠距離恋愛だった彼氏と、まったく会わなくなってしまった。出勤せず自宅にいるから自炊になる人も多いが、慣れない自炊に失敗することもあり、Youtubeなど、急に自炊指南ものが増えた。恋愛相談も、今まではデートしていたが、それができず、彼氏が下手なウクレレの画像を送ってくるのが嫌など、新しいケースがいろいろ出てくる。自宅にいるから運動不足になり、ラジオ体操などする人も増え、急に番組も増える。娘への性暴力DVで拘置所に入っている父親が、早目に出所しそうで家族が困る話は複雑で、いまいち分からなかったが、コロナのために、今までの居場所に居にくくなった人はいるのだろう。あと、検診などで順番を待つ間、アイウエオ順に並ばされる場合、「藁谷さん」はいつも後の方だという愚痴は、ふだんはなかなか気づかない話だ。一時給付金10万円は個人に支給されるが、申請は世帯主であることから、揉める家族もある。コロナで都市ロックになっても、「健康で文化的な最低限度の生活」は守られるべしと言われる。でも、「健康で文化的な最低限度の生活」とは何なのか合意はない。「演劇」など娯楽活動?はまっ先に切られてしまう。これも作品でしっかり扱われていた。いずれにせよ、コロナによる思いもよらない小さな悲喜劇をたくさん集めると、演劇作品として自立できるのだ。この実験演劇の試みは十分に成功だったと思う。