[オペラ] ジェイク・ヘギー≪デッドマン・ウォーキング≫ Metライブ

[オペラ] ジェイク・ヘギー ≪デッドマン・ウォーキング≫ Metライブ Movixさいたま 12月11日  Met上演2023年10月21日

(写真↓は舞台、死刑囚収容刑務所の暴力的雰囲気の中で立ち尽くす修道女ヘレン、そしてヘレンと愛で結ばれる死刑囚ジョセフ)

21世紀の今日、72歳の肺ガン患者である私がこのオペラと出会えたことは本当に嬉しい。世界オペラ史に残る傑作だ。オペラという表現様式は過去のものになったのではなく、現代に生きている。本作は2000年10月7日初演だが、すでに世界の70の歌劇場で上演されたという。東劇では21日まで。アメリカで実際にあった話をもとに作られたオペラで、死刑囚と修道女が出会い、死刑執行された囚人の魂が救済される。「デッドマン・ウォーキング」とは、独房から死刑執行室に向かう死刑囚を呼ぶ言葉だが、我々は誰もが「死に向かって歩いている」という意味では「デッドマン・ウォーキング」なのだ。(この出会いは、ヘレンにとって大きな試練だった。ヘレンを歌うジョイス・ディドナートと死刑囚ジョセフを歌うライアン・マキニー↓。一方、娘と息子をジョセフに殺された両親は、彼を許さない↓)

本作は、およそ芸術というものに要求される課題に、究極の形で応えている。そう、「愛の贈与と受容」の現場を、我々にまざまざと呈示しているからだ。演劇『リア王』『ガラスの動物園』やオペラ《カルメル会修道女の対話》などと同様、ド直球の芸術作品だ。<愛>は木霊のようなもので、人間の身体から発して、多くの人間の間を反響しながら消えてゆく。しかし完全に消えてしまうことはなく、その反響の途上で誰かの中にとどまり、生き続ける。しかしこれは自明に生じることではない。愛を贈与するコーディリアと、愛をなかなか受容できなかった父王リア、そして愛を贈与するカルメル会の修道女コンスタンスと、愛をなかなか受容できなかった修道女ブランシュ。本作もまったく同様に、愛を贈与するヘレンに対して、愛をなかなか受容できなかった死刑囚ジョセフが、最後の死刑執行の直前、愛を受容する。ヘレンは最後にジョセフに言う、「あなたがこの世で最後に見るものは、愛の顔であってほしい。だから私は死刑執行の直前まであなたの傍らにいて、あなたに微笑んでいたい。これが私のできることのすべて」。それを受けてジョセフは言う、「僕はあなたを愛しています」。そう、彼は人生の最後に、愛を受容したのだ。(死刑執行の直前、注射台の前で歌う二人↓)

本作のクライマックスは、二人が初めて互いに共感する場面だと思う。ヘレンは子どものとき父に連れられて、一度だけ歌うプレスリーに出合ったと語る。ジョセフはプレスリーの大ファンだが、生きているプレスリーを見たことはない。プレスリーの「監獄のロック」を口ずさんで、ちょっと踊ってみせるヘレン。一緒に口ずさんでちょっと踊るジョセフ。たった数秒のシーンだが、これこそ、美が愛を喚起する究極の芸術だと思う。私は、『ガラスの動物園』のジムとローラのダンスシーンと同様、涙が溢れた。

 

本作は「死刑という制度について、我々に深く考えさせる」と演出のヴァン・ホーヴェは言う。その通りだが、もっと深い作品でもある。少女をレイプして殺したジョセフは、裁判でずっと嘘をついてきたが、最後にヘレンに対してそのことを告白する。劇中、くりかえし歌われる言葉「真理は我らを自由にする」(ヨハネ福音書)とは、まさにこのことであり、キリスト教徒でない我々にも普遍妥当する真理なのだ。娘をレイプで殺された両親も、最後には、ジョセフに対する憎しみから解放され、またジョセフの母や兄弟たちも、心の安らぎを得る。<愛の贈与と受容>によって。(写真↓)

30秒の動画ですが、全体像が分ります。

The Met Live in HD 2023-24 Dead Man Walking Trailer (youtube.com)