今日のうた(152) 12月ぶん

 今日のうた(152) 12月ぶん

 

透かしみるレントゲン写真の影のやうなつめたい月が窓にはりつく (睦月都『Dance with the invisibles』2023、胸の中を映すレントゲン写真は、黒い闇に骨が白く浮かびあがる、窓に重なって見える細い月をレントゲン写真に見立てる美意識、それは心の中を映す光景) 1

 

さかさまのヤモリの黒眼のぞきこみ昨日の悩みすっからかんよ (江戸雪2022、「台所の窓に外側からヤモリが下向きに貼りついて、こちらを覗いている、くりくりした黒目、ヤモリの顔ってかわいい、昨日のストレスも忘れちゃう」) 2

 

ひろゆきの話をする母ひろゆきの口調になるわたし玄米茶飲む (川島結佳子2022、作者の母は「ひろゆき」が好きでよくネット動画で見るらしい、作者は「ひろゆき」が嫌い、だから「ひろゆき」を語る母に「ひろゆき」の口調で嫌味っぽく応える) 3

 

カモミールティーを包み込むときの手よまだ愛があるみたいじゃないか (福島さわ香「朝日歌壇」12月3日、馬場あき子/永田和宏共選、「向かい合う二人のお茶の時。カップを包み込む手のやさしさに、まだ残る愛のぬくもりを見たような嬉しさ」「結句の切れの良さが魅力」と各選評) 4

 

人工のさびしさだからクリスマスツリーのように団地の灯り (菅原海春「東京新聞歌壇」12月3日、東直子選、夜の高層団地か、点々とした各戸の白い灯りが全体として「クリスマスツリーのように」見える、一戸建ての家の室内の灯りと違って、こちらはなぜか冷たくさびしい) 5

 

海賊の手を魔女が引きハロウィーン (奈良雅子「東京新聞俳壇」12月3日、石田郷子選、「海賊は幼い子、魔女はその母だろう。下五まで読んで初めてハロウィーンの仮装だとわかる仕掛けが楽しい。情景も広がってくる」と選者評) 6

 

満月や星はまたたき忘れをり (飯塚柚花「朝日俳壇」12月3日、大串章選、冬の夜空は澄み切った美しさがあり、月も星もあまり「またたかない」、だから吸い込まれるように見詰めてしまう) 7

 

一番と言はず一号木枯(こがらし)吹く (右城碁石、たしかに「春一番」とは言うが、「木枯らし一番」とは言わない、「春(の強風)」という大雑把な規定ではなく、「木枯らし」という具体的な規定だから「一号」なのか、作者1899~1995は高知出身の俳人、俳誌「天狼」などで活躍) 8

 

寒雲(かんうん)の燃え尽しては峡(かい)を出づ (馬場移公子、「峡」とは海ではなく作者の生きた秩父の山峡、冬雲の夕焼けの美しさ、雲は「燃え尽して山峡から出ていった」、作者1918~94は俳誌「馬酔木」で活躍した人) 9

 

再びは生れ来ぬ世か冬銀河 (細見綾子、「冬銀河」は夏銀河とは違う美しさがある、だがそれは<冷たい>美しさなのかもしれない、作者1907~97は俳誌「風」同人、直感的にズバリと掴む句を詠む人) 10

 

帰り来て別の寒さの灯(ひ)をともす (岡本眸、冬の戸外は「寒い」、夜遅く帰宅して家の蛍光灯の「灯をともす」、だがその痩せた光も「寒い」、家は少しも暖かい感じにならない、作者1928~2018は「毎日俳壇」選者) 11

 

うしろより初雪降れり夜の町 (前田普羅、「夜の町を歩いていると初雪がぱらぱらと降りだした、後ろから自分を追い越してゆく、自分の歩みが初雪に押されるようで、そう、いよいよ冬なんだ」、作者1884~1954は虚子に師事、山岳の俳句をたくさん詠んだ) 12

 

氷雨降るなかで一際重くなる門を手と手を重ねて押せば (榊原紘2022、「氷雨に濡れた門を、彼女の手に自分の手を重ねて、ゆっくりと押す、うん重い!」、いい恋の歌、作者1992~は第二回笹井宏之賞大賞) 13

 

明日は、明日は、明日はスマイル ちっぽけな棘のようなる岬も暮れる (北山あさひ2022、作者は誰かと「ちっぽけな棘のような岬」に遊びにきていて日が暮れた、今日はけっこう棘のある尖がった表情も見せたけれど、明日は「スマイル」でいこう、作者は第七回現代短歌社賞) 14

 

ステージへ両手を伸ばし大好きなあなたに夢をみせてと迫る (川谷ふじの2022、アイドルのライブに来ているのだろう、アイドルは作者の「推し」の男子、こういう若者はいま多い、作者2000~は2016年に毎日歌壇賞) 15

 

叫ぶ夢だったあなたに会いたさを声に全振りした棒立ちで (佐伯紺2022、恋の歌だろう、夢の中なので、必死に叫んでも自分の声は聞こえない、「声に全振りして棒立ちになっている」私、作者1992~は、2014年に第25回歌壇賞) 16

 

富士の嶺(ね)のいや遠長(とほなが)き山路をも妹がり訪へば日(け)に及(よ)ばず来ぬ (よみ人しらず『万葉集』巻14、「富士山の遠く長い道だけど、君のところへ行くんだと思えば、足取りも軽い、一日かからずに来ちゃったよ」) 17

 

よそにのみ聞かましものを音羽川(おとはがは)渡るとなしに見慣れそむ (藤原兼輔古今集』巻15、「貴女のような素敵な美女[=音羽川]は、評判を聞くだけにすればよかった、なまじ逢って付き合い始めたのに、深い関係になれないなんて[=渡るとなしに]、辛すぎるよ」) 18

 

なほやめよ文返さるる小墾田の板田の橋はこぼれもぞする (和泉式部藤原道綱への返歌」、敦道親王の死後、「僕はどう?」と何度もしつこく言い寄った道綱への返歌、「もうやめてよね、女に手紙を突き返されるようじゃ見込みないわよ、あまりしつこいとお付き合いもやめちゃうからね」) 19

 

つらしとて恨むるかたぞなかりける憂きを厭ふは君ひとりかは (祐盛法師『千載集』巻15、「貴女が薄情だから貴女を恨んでいるんじゃないです、僕がもてないこと自体が辛くて、そういう自分が嫌なんです、貴女だって僕の立場になればそう感じるでしょう」) 20

 

あまつ風氷を渡る冬の夜の乙女の袖を磨く月影 (式子内親王新勅撰和歌集』、「厳冬の今夜、空を吹く風が地上も吹きさらしにしているなか、舞踊の乙女が氷の上を舞いながら渡ってゆく、月の光が彼女を美しく「磨いている」みたい」、古今集の「あまつ風雲の通い路吹き閉じよ乙女の姿しばしとどめん」が本歌) 21

 

玲瓏(れいろう)とわが町わたる冬至の日 (深見けん二、「玲瓏と」と「わが町わたる」がいい、冬至の日の太陽は輝いてはいるが、空を含めて全体にどこか冷たい、そして高度も低いから「[空ならぬ]わが町わたる」感じになる、作者1922-2021は「ホトトギス」同人、今日は冬至) 22

 

気象図の線美しく寒波来る (右城墓石、ふだん曲線が多い気象図も、「寒波が来る」と、日本海から日本の上を美しい直線が並ぶ、作者1899~1995は高知出身の俳人、俳誌「天狼」などで活躍) 23

 

行きずりに聖樹の星を裏返す (三好潤子、「行きずりに」だから他所のクリスマスツリーを通りがかり、たまたま裏側になっていた紙製の星をさらに「裏返して」直したのか、「直す」ではなく「裏返す」がいい、作者1926-85は生涯病気に悩まされながら、山口誓子「天狼」などで活躍) 24

 

雪の日暮れはいくたびも読む文(ふみ)のごとし (飯田龍太、日暮れに降る雪は、真上から規則正しくゆっくり落ちてくる、特有の快いリズムがあって、天からのメッセージのように感じられる、「いくたびも文を読むかのごとし」) 25

 

半日(はんじつ)は神を友にや年忘れ (芭蕉1690、 「京都のある寺で年忘れの句会が「半日」かけて行われた、その充実した「半日」は「神様も一緒に俳句を作る」ようで楽しい、さあ夜は忘年会だ、神様も一緒に飲もうか」) 26

 

らふそくの涙氷るや夜の鶴 (蕪村、「夜の鶴」とは子を思う親の切なさ、「友人の鶴英が亡き子の供養のために読経をしている、かたわらの蝋燭の蝋が溶けて流れた厚みが、まるで「涙が氷った」かのようだ) 27

 

下町に曲がらんとして鐘氷る (一茶1813、「下町」とは、江戸の武家屋敷の多い山の手に対して、町屋の多い下谷、浅草、日本橋、京橋あたりをいう、一茶が「下町へ曲がらんとした」とき、寺の鐘がそこにあった、でも寒さで「凍り付いて」いた、彼の心も寒い) 28

 

歳晩の二日になりて事多し (高濱虚子1897、「歳晩」とは12月21~31日のことだから、厳密にはこの句は22日に詠んだのだろう、たしかに年の暮れは、なんのかんのと、やるべき小事が多い) 29

 

金星を懸くるすなはち冬の暮 (山口誓子1944、「懸くる」がいい、冬の夜空の星が散りばめられるなか、特別に「そこに懸けられて」いるかのように、金星はひときわ目立つ) 30

 

年去れと鍵盤強く強く打つ (山東三鬼『夜の桃』1948、嫌なことが多かった一年だったのだろう、「今年よ、早く去れ」と「鍵盤を、強く、強く打つ」、ところで、植村の「今日のうた」ですが、来年から最初の百日は「私の百人一首」にします。皆様どうかよいお年を) 31