[今日のうた] 10月
ねえあんた来るの来ないの台風さん (おおまま「東京新聞・俳壇」9.29、小澤實選、「ゆっくりと自転車並のスピードで移動する台風に向かって、呼びかけている。作者は台風並に巨大な存在のよう」と選評) 1
かなしくはしやぎ蜻蛉(とんぼ)となつて友がくる (青柳悠「朝日俳壇」9.29、高山れおな選、「「かなしくはしやぎ」の思い入れが共感を誘う」と選評。やって来た友は、本当は悲しいのに、トンボがブーンと飛ぶような仕草をしたのだろう) 2
コロナ禍が葬儀大きく変えゆけり田舎といえど家族葬のみ (俣野右内「朝日歌壇」9.29、佐佐木幸綱選、「かつて近隣の人々がたくさん集まった冠婚葬祭はもう昔のものなった」と選評。結婚式や披露宴も最近は小じんまりになった気がする) 3
稲妻のように妊娠線はしり腹は気圧のすみかとなった (山田香ふみ「東京新聞・歌壇」9.29、東直子選、「皮下組織の断裂による妊娠線は確かに稲妻に似ている。さらに「気圧」に繋げたことで、お腹に宿る新しい生命の激しさを感じさせる」と選評) 4
ふたしかな星座のようにきみがいる団地を抱いてうつくしい街 (佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』2006、作者は女性、彼氏のいる団地の灯りを夜に眺めているのだろう、「ふたしかな星座のように」がいい) 5
精神を残して全部あげたからわたしのことはさん付けで呼べ (野口あや子『夏にふれる』2012、体はあげるけれど心はあげないということなのだろう、そういう恋愛もあるのか) 6
幸福と呼ばれるものの輪郭よ君の自転車のきれいなターン (服部真理子『行け広野へと』2014、かなりのスピードで走ってきた彼氏の自転車が、作者のぎりぎり近くで、「きれいなターン」で停止したのだろう、「幸福の輪郭」のような見事なターン、スキーでもこういうことはある) 7
横跳びに秋の夕日が従(つ)いてくるキツネのついた電車みたいに (杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010、走っている電車内にいる作者、「秋の夕日」が、建物の通過に応じて「横跳びに」顔に当たる、別に暑くはないけれど、「キツネがついたみたい」に感じる) 8
寝不足のまま秋風を受けしときふと寄りかかるひとりが欲しき (干場しおり『天使がきらり』1993、同じ「秋風」でも、朝に「寝不足のまま受ける」と、冷たい淋しさが感じられる、隣りに「ふと寄りかかるひとりが」いればいいのに) 9
愛すとは舌をかむほどややこしい (宮本美致代、「aisu」という発音は結構言いにくい、「舌をかむ」感じだ、だがそれは、発音のしにくさだけでなく、「愛する」こと自体の「ややこしさ」に由来するのかもしれない、川柳は表現力の深い詩形) 10
やがて古希魔女になろうとしてよろけ (早良葉、私は「かわいいおばあちゃん」になろうなんて思ってない、「いじわるばあさん」よりもっと意地悪な「魔女」になりたいのよね、でも体がよろけちゃって魔女らしくないわね) 11
約束を信じるほかはない夕陽 (桶屋鳴味、恋だろうか、彼女は「約束」してくれた、だがやって来ない、夕陽を「信じるほかはない」) 12
かくれんぼ 誰も探しに来てくれぬ (墨 作二郎、かくれんぼで隠れている自分を「誰も探しに来てくれない」、いつまで待っても誰も来ない、「かくれんぼ」遊びはもう終わって、皆帰ってしまったんだ。こういうことは遊びではない実生活にもある) 13
お互いに自分が耐えた気で夫婦 (野谷竹路、どの夫婦でもたぶんそうだろう、「人間がよくできた私がいたからこそ、貴方は、夫/妻でいられる」と内心思っている) 14
一行詩これが私の墓だとは (麻生路郎、「一行詩」とはもちろん川柳のことだろう、見事な覚悟を滑稽に詠んだのはさすが) 15
一日(ひとひ)こそ人も待ちよき長き日(け)をかく待たゆれば有りかつましじ (八田皇女『万葉集』巻4、「一日くらいなら、貴方を待つのも悪くないわ、でも何日も何日もこう待たされるんじゃ、辛くて辛くて、もう死んじゃいそう」) 16
思ふよりいかにせよとか秋風になびく浅茅(あさぢ)の色ことになる (よみ人しらず『古今集』巻14、「貴方を深く愛している私、これ以上どう愛せというのよ、浅茅の白い花が秋風になびいて灰色になるように、貴方も心がわりしてしまったのかしら」) 17
もしも来(こ)ば道の間ぞなき宿はみな浅茅が原になり果てにけり (和泉式部『家集』、「「こんど行く」と手紙寄こしたけれど、こんな長い間私をほっておいたくせに何よ、貴方が来たって通り道なんてないわよ、庭じゅう草ぼうぼうですからね」) 18
あさましやさのみはいかに信濃なる木曽路の橋を架け渡るらん (平重平『千載集』巻14、「あきれちゃうね、貴女のところに男がたくさん通ってるって聞いたよ、木曽路のあちこちにある架け橋じゃあるまいし、どうしてそんなにあちこちの男に思いを懸けることができるのさ」) 19
雲居より遠山鳥の鳴きてゆく声ほのかなる恋もするかな (大河内躬恒『新古今』巻15、「はるかかなたの空を行く遠山鳥の鳴き声くらいの、ほのかで小さな貴女の声が、僕に聞こえます、でも声だけの恋はまだ始めの始め、早くお逢いして本物の恋にしたいです」) 20
秋の色は籬(まがき)に疎くなりゆけど手枕慣るる閨の月影 (式子内親王『新古今』巻4、「秋草の色は籬の緑色からだいぶ遠のいていったけれど、月の光は、私のうたた寝する手枕に慣れたのかしら、ずっと閨にとどまったままね」、「手枕」「閨」など式子にしては優艶な歌) 21
木犀の香の領域にまた入る (千原草之、「香の領域に・・また入る」がいい、道を歩くと本当にそんな感じだ、作者1925-96は「ホトトギス」の俳人) 22
コスモスの風なきときも色こぼす (三村純也、コスモスの花は風のないときでも、かすかに揺れている感じがする、それを「色こぼす」と詠んだ、作者1953~は稲畑汀子に師事) 23
一枝の柿の重さを下げて来る (田原憲治、作者1932-2011は「ホトトギス」の俳人、植村は数日前、ご近所の農家から渋柿40個をいただき、家に持ち帰って、今、干し柿を作成中です、紐で吊るす為に、干し柿には、ヘタに枝が僅かに残る必要があるので、「一枝ごと」持ち帰ります) 24
稲の波案山子も少し動きをり (高濱虚子、埼玉県の北鴻巣の我が家の周辺では、今、稲刈り真っ最中、小回りのきく小型のコンバインが「稲の波」の中をバンバン進んでいく、おばあちゃんが運転していることもあるのです) 25
月見する座に美しき顔もなし (芭蕉1690、「美しく輝く満月、惚れ惚れする気持ちで見とれているうちに、ふと我に返って、周りにいる一座の人の顔を見た、まぁ、月に比べると、人間の顔ってどれも美しいとはいえないなぁ」、面白い諧謔の句) 26
名月に鴉(からす)は声をのまれけり (河合智月、「あらっ、鴉くんも、名月の美しさに感動したのかな、さっきまでうるさく鳴いていたのに、息をのまれたように黙ってしまったわ」、作者は芭蕉の弟子の女性俳人) 27
秋はものの月夜烏(からす)はいつも鳴く (上島鬼貫、昨日と同様、月と鴉の取り合わせだが、内容は真逆。「月夜烏」とは「月の光にうかれてなく烏。うかれがらす」のことらしい) 28
初秋(はつあき)や余所(よそ)の灯(ひ)見ゆる宵のほど (蕪村、枕草子「秋は夕ぐれ」と呼応すると言われている、たしかに秋の夕暮れは、近所の家の燈火が灯り始めるのが美しい) 29
菴(いほ)の夜や棚探(たなさが)しするきりぎりす (一茶、きりぎりすが「棚探し」しているように見える、何か食べ物をさがしているのか、小動物に優しい一茶) 30
うつくしき色見えそめぬ葉鶏頭(はげいとう) (子規、葉鶏頭は、葉の緑が上の方から、黄や赤に変わってゆくが、その「見えそめ」の微妙な感じを詠んだ) 31