今日のうた55(11月)

charis2015-11-30

[今日のうた] 11月1日〜30日  (写真は、今野寿美1952〜、馬場あき子に師事、歌誌「かりん」の創刊に参加、『山川登美子歌集』(岩波文庫)の編者でもある)


・ 胸郭に棲むとふ鳥を思ひゐしあまり笑はぬ少女期を持つ
 (今野寿美1981、作者はちょっと変わった少女だったのだろう、人によっては箸が転んでも可笑しい思春期も、「自分の胸に棲んでいる鳥」のことばかり考えていて、笑うこともあまりなかった、と) 11.1


・ 帰り来てまづ掌を洗ふならはしのこころやさしいけものとおもふ
 (永井陽子『なよたけ拾遺』1978、作者はあるとき、自分を「家に帰ってまず手を洗う、やさしいけもの」だと感じた、生きることの寂しさをたくさん詠んだ作者、人間よりけものに親近感を感じていたのかもしれない) 11.2


・ 市人(いちびと)の物うちかたる露の中
 (蕪村1777、「野天の朝市が始まる少し前、早朝なので、どこもまだ露がびっしりと付いている、野菜など持ってきたお百姓さんたちが、ぼそぼそと何か話をしているな」、朝市に買いに来る町の客たちとはまた違う、素朴な農民たちの話し声) 11.3


・ 秋の風人のかほより吹(ふき)そむる
 (一茶1806、「道行く人の、かぶった笠の紐が、顔のところで秋風に吹かれて揺れている、無為自然な感じでいいな」、普通は寂しさの象徴である「秋風」を、ちょっと違った角度から詠んだ面白い句、前句と前書から補って意を取った) 11.4


・ 白菊(しらぎく)の目に立てて見る塵(ちり)もなし
 (芭蕉1694、「白菊の花は本当に純白ですね、目を凝らして見ても塵一つありません」、旧暦9月27日、大阪の斯波園女(そのめ)亭で連句会、白菊に寄せて、そこの女主人の美しさを讃えた挨拶句、芭蕉はこの二日後に倒れ二週間後に死去) 11.5


・ かすかなるこころゆらぎよ点燈ののち天井の照りいづるまで
 (上田三四二『雉』1967、蛍光灯のスイッチを入れてから部屋が明るくなるまで、スターターや本体の点滅など、少し時間がある、そのわずかな間に感じられる「かすかな心のゆらぎ」、ベルクソンの「生きられる時間」) 11.6


・ 君に似し姿を街に見る時の/こころ躍りを/あはれと思へ
 (石川啄木『一握の砂』1910、啄木が好きだった女性、橘智恵子を詠んだ歌、二人は三年ほど前、三か月だけ函館の尋常小学校の同僚教師だった、『一握の砂』を送った智恵子からの返信は、結婚して別姓になっていた) 11.7


反戦自由の歌におくられ嫁ぐわれに父よひとりで何涙ぐむ
 (道浦母都子『無援の抒情』、60年代学園闘争を戦った作者は、機動隊に逮捕された、「釈放されて帰りしわれの頬を打つ父よあなたこそ起たねばならぬ」と詠まれた父、その父が、活動家が集まった結婚式で一人泣いた) 11.8


・ 頼りなくあれど頼りの案山子かな
(清崎敏郎『系譜』1985、「カカシって、よく見ると何だか頼りないな、本当にこんなもんでスズメは騙されるのかな、でもまぁしょうがないよね、頑張ってスズメを追い払ってね、カカシくん」、「あれど」が表現の核、俳句では珍しい)11.9


・ 落ち合うて川の名かはる紅葉(もみぢ)かな
 (大谷句仏、「二本の川が出合って一本の川になり、新しい名前になる、そういう場所は独特の趣きがあって、紅葉も一段と映えるなぁ」、作者1875〜1943は浄土真宗の僧で、東本願寺宗主もつとめた人、虚子門下) 11.10


・ それが好き温め(あたため)酒といふ言葉
 (高濱虚子、寒くなってくると、酒はやはり燗をしたものがうまい、「あたためざけ」は秋の季語、いい名前だね) 11.11


・ もし俺が宇宙人でもとりあえずいい人止まりで終わるだろうな
 (ルーキーセンセーション!木下侑介・男・22歳『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「宇宙人」という言葉の唐突さが、独特の切迫感とユーモアを生み出している、と穂村コメント、詠題は「恋愛」) 11.12


・ 「マユミがなぁ」初めて「彼女」の名を聞いて一歩前進、と喜ぶ愚かさ
 (ねこのねごと・女・25歳『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、作者の片想いの彼に、彼女がいるのは気づいていたが、今初めて、名前を知った、「とてもささやかで、ちょっと悲しい一歩」と穂村コメント) 11.13


・ 母が割るかすかながらも林檎の音
 (飯田龍太、「りんご」は秋の季語、戦前の若いときの句、病臥している作者、周囲は静か、台所で母がりんごを切っている、それに耳を澄ませば、包丁がりんごに当たるサクッという音も、たしかに聞こえる) 11.14


・ 人生の生暮(なまぐ)れの秋深きかな
 (永田耕衣1995、耕衣94歳の作、「生暮(なまぐれ)」は彼の造語、「自分はとことん生身(なまみ)で生きており、枯れてはいない、解脱を願ってもいない、存分に生身をいきたまま人生の中に暮(ぼっ)してきたい」という主旨だろう、神戸在位の耕衣は大震災で自宅が倒壊、二階トイレにいて九死に一生を得た、その後、老人ホームに収容され、そこで詠んだ句、97年没) 11.15


・ 「ほんとうのフェミニストってかわいい」と打てる布石(ふせき)の真意は問わず
 (大田美和『きらい』1991、作者は英文学専攻の東大大学院生、作者を口説こうとする男性が言ったのか、いかにもなクセだまの科白、百戦錬磨の作者は、「そうかもね、うっふっふ」と、余裕の受け) 11.16


・ ばらばらに生きてたまゆら吸ひ寄せらるる君との逢ひを生活とはいはず
 (松平盟子『帆を張る父のやうに』1979、ごくたまにしかデートできない作者、でもその時は激しく燃え上がる二人、この恋を「生活」とは呼ばない、ケではなく、ハレとしての恋) 11.17


・ 恋人であらねばやさしき言葉もて男友達を励ましている
 (梅内美華子『横断歩道(ゼブラゾーン)』1994、恋人に対する場合には、作者は、恋人ではない単なる男友達に対する場合と違って、惜しげもなく「やさしい言葉」をかけたりはしないのだろう) 11.18


・ 大門(おおもん)を四民(しみん)のいつち下でうち
 (『誹風柳多留』1789、「大門」=吉原の入口、「四民」=士農工商、「いつち」=一番、「うち」=閉める、紀伊国屋文左衛門は、身分が一番下の商人なのに、大金を払って吉原全体を借り切り、一般の客を締め出してしまった) 11.19


・ 嫁の礼(れい)男の見るは顔ばかり
(『誹風柳多留』1788、結婚式が終って新郎新婦が挨拶回り、どこへ行っても、男というものは、深々と顔を下げた新婦の顔をじっくり見たがる、美人かどうかに関心があるのか) 11.20


・ 活字追ふてゐるにはあらぬ横顔の緊(しま)りて暗きをひと日思ひぬ
 (河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、作者は17歳、同級生の男子を好きになった、「授業中、彼が教科書から目を離して顔を上げた時の、暗い引き締まった横顔がとても素敵、家に帰ってもそればかり思い浮かべちゃう、結局、「ひと日」彼を思う私」) 11.21


・ 夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる
 (栗木京子『水惑星』1984、作者は20歳の京大生、「初めての彼氏、片想いなのか両想いなのかも判然としない、夜道を並んで歩きながら、ちょっと手が触れるだけでも恥ずかしく、ハラハラドキドキする私」) 11.22


・ 天(あま)つかぜ雲の通ひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとゞめむ
 (僧正遍昭古今集』巻17、百人一首にも、「おおい、空の風くん、雲の行き来する道を、風で吹いて閉めちゃおうよ、美しく舞う天女たちを、天へ帰らせたくないもんね」、宮中の「舞姫の儀」は新嘗祭の翌日だった) 11.23


・ ひさかたの中に生ひたる里なれば光をのみぞ頼むべらなる
 (伊勢『古今集』巻18、「ひさかた」=月のこと、「月には桂の樹が生えているそうですね、私が住んでいるのは京都の桂の里です、桂の樹が、溢れる月の光に映えるように、私は、中宮温子さまあっての私です」、中宮への返歌) 11.24


・ 照らし合ふことなき星や星月夜
 (片山由美子『香雨』2012、「夜空は星で賑わって美しい、でも考えてみれば、それらはお互いにものすごく離れた恒星たち、互いに照らし合うことはないのね、一つ一つが孤独な星たち」) 11.25


・ うしろすがたのしぐれてゆくか
 (種田山頭火1931、各地を漂泊し続けた作者、「前を歩いている人の後ろ姿が時雨の中へ消えてゆく、それは同時に自分の後ろ姿でもある」) 11.26


・ 撫でられるためのメールを送りたりストラップなどぶらぶらさせて (野口あや子2008、作者は大学生、「彼に送るメールも色々だけど、今はちょっと寂しいから、ストラップを揺らしながら打って送ったのは、「撫でてほしい」気分のメール、甘く優しい言葉の返信がほしい」) 11.27


・ カーテンの桃色を見つめるばかり 抱きしめられる前の沈黙
 (笹岡理絵『イミテイト』2002、作者は18歳、初恋なのだろうか、今、彼に抱きしめられようとするとき、緊張して声が出ない、視線も合わせられない、彼もたぶん同じで、何も言わない) 11.28


・ 栓(せん)取れば水筒に鳴る秋の風
 (相馬遷子1941、作者1908〜76は軍医として中国戦線にあった、「栓を取って水筒を傾けると、ゴボゴボという水の音に加えて、ヒューヒューと秋風の音がする」、寒々とした光景) 11.29


・ セーターは手洗い男は丸洗い
 (鈴木雅子『雀食堂』2009、「私は自分のものは、セーターとか素材によって、それぞれ丁寧に手洗いするわ、でも夫のものはね、下着も靴下も上着も、ドーンと洗濯機に投げ込んで丸洗い」) 11.30