哲学って何だろう? 学科のFBに

charis2015-04-17

勤務先の大学の学科フェイスブックに、下記を投稿しました。学生向けの記事です。

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哲学って何だろう? 植村恒一郎


 総合教養学科の植村です。私は哲学が専門です。哲学のイメージって分かりにくいですね。自己紹介に替えて、哲学についてちょっと考えてみます。昨年も引用したのですが、プラトンゴルギアス』の有名な一節を見てみましょう。カリクレスという政治家が、こともあろうに、若き日のソクラテスに向かって「哲学なんかやめようよ」とアドバイスします。(写真はミューズたちと踊るアポロン)


>哲学というものは、たしかにソクラテス、若い頃にほどほどに学んでおくだけなら、けっして悪いものではない。しかし必要以上にそれに打ち込んで時間をつぶすならば、人間をだめにしてしまうものだ。若者が、せっかくすぐれた素質に恵まれていたとしても、その年ごろを過ぎてもなお哲学をやっているとどうなると思う? ひとかどの立派な人物になって名をあげるためにぜひ心得ておかなければならないことを、何一つ知らないままに、年だけとってしまうのだよ。・・・いやぁ、哲学者っていうのはね、僕の個人的な感想を言わせてもらえば、片言を言っては喜んだり子供っぽい遊戯をしたりしている人たちなんだよね。・・・ソクラテス、あなたもいいかげんにもう哲学から足を洗って、もっと人間の大事な仕事に向かった方がいいんじゃない?


 このカリクレスの哲学批判の意味を考えてみましょう。哲学は、すでに流通している言葉の意味を、相手との共通の前提とは考えず、その言葉の意味をあらためて問い直し、吟味し、変更しようとします。プラトンの初期対話編では、ソクラテスはそればかりやっています。しかし、これは相手を非常に苛立たせることになります。


 哲学以外の通常のコミュニケーションでは、ある言葉の意味をすでに前提したうえで、事実を論じます。そして明らかになった事実ををもとに、事の是非を判断し、実践へと向かう。ところが、そもそも当の言葉の意味が自明ではないということになると、話が先へ進まず、実践へと向かえない。哲学以外の人には、こうした言葉の吟味に明け暮れる議論が非常にマニアックに見えるわけです。君たちはいつも「言葉遊び」ばかりやっていると、カリクレスは批判しました。個別科学もまた基礎概念の意味は定まっており、それをいちいち吟味したりはしません。ただし、数学基礎論、相対論、量子力学くらいになると違ってきます。


 本当は、事柄が根本的になればなるほど、言葉や概念の意味が自明でなくなります。だから、哲学が必要になる。だけど、そこがなかなか世の人に理解されないところなのですね。哲学以外の人は、言葉をすっ飛ばしていきなり事柄そのものに向き合えると思っています。だから、彼らには哲学は「言葉遊び」に見えてしまう。実はそうではないのですけどね。