今日のうた57(1月)

charis2016-01-31

[今日のうた] 1月  (写真は稲畑汀子1931〜、高濱虚子の孫で、長い間「ホトトギス」を主宰、現在、朝日俳壇選者、明るくて清々しい句が多い)


・ 初夢で逢ひしを告げず会ひにけり
 (稲畑汀子、初夢で逢った人と、正月に会う、いったい誰だろう、一年の幸先よい始まり) 1.1


・ 焼跡に遺(のこ)る三和土(たたき)や手毬(てまり)つく
 (中村草田男、敗戦直後の光景、建物は僅かな柱を残して焼け落ちたが、コンクリート製の土間が残った、そこを使って子供たちがゴムまりをついて遊んでいる、それを「手毬」に直して新年の句にした、復興の祈りを込めて) 1.2


・ 雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと
 (松本たかし『石塊』1953、雪がやんで子供たちが作った雪だるま、子どもたちが家に入ってしまった夜は、満天の星に囲まれている、星たちの「おしゃべり」を聞きながら) 1.3


・ 憧れで胸が張り裂けそうなのにきちんととまるブラウスの釦(ぼたん)
 (穂村弘『手紙魔まみ、イッツ・ア・スモール・ワールド』、まみちゃんの立場で詠んだ歌、胸が張り裂けそうに憧れているのに、どういうわけか、ブラウスのボタンははじけない、まだ秘めた恋なのか) 1.4


・ ふわふわのキーホルダーに触ってる謝りながらもまだ触ってる
 (たかだま・女・21歳『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、触っているのは彼氏なのか、いや、女性の友人かもしれない、「謝りながらも」に感じがよく出ている) 1.5


・ 「ドトールなう」つぶやく君のドトールはここじゃないのかいまじゃないのか
 (雲はメタんご星人・女・20歳『ダヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「ツイートを見て、近所のドトールで勉強してるんだ、たまたまを装って会いに行こう!と思ったのに行ったらいなかったんです」と作者コメント) 1.6


・ 斧入れて香におどろくや冬木立
 (蕪村1773、「冬木は生きている、斧を入れた途端、広がった香りの強さに驚かされる」) 1.7


・ いざ子供走りありかん玉霰(たまあられ)
 (芭蕉1689、「霰がぱらぱらと降ってきて玉のようにころがる、さあ子供たちよ、一緒に走り回ろうじゃないか」、郷里の伊賀で若い門人たちと句会を催した時の即興句、彼らを「子供」に喩えた、嬉しさ溢れる句) 1.8


・ 古(いにし)へにありけむ人もわがごとか妹(いも)に恋ひつつ寝(い)ねかてずけむ
 (柿本人麻呂万葉集』第4巻、「ああ、妻が恋しくて眠れない、つらいなあ、過去に生きた人にも、こんなことがあったのだろうか」、続く歌は女性の立場で、「ええ、そうですとも、昔の人は声を出して泣いたのよ」と応える) 1.9


・ 人に逢はむ月のなきには思ひおきて胸走り火に心やけをり
 (小野小町古今集』第19巻、「新月で真っ暗だから、貴方は来ないのね、でもそんな時は、貴方への「思ひ」という火が私の胸の中に燃えさかって、炭火から飛び散る火の粉のようにパチパチはねるのよ」、今日は新月) 1.10


・ 忘れじの契りたがはぬ世なりせば頼みやせまし君がひとこと
 (建礼門院右京大夫、「いつまでも君を忘れない、という貴方の約束がずっと守られるなら、その言葉を信じたいけど、そうではないから」、浮気を難じたのではない、作者の恋人で4歳下の貴公子、平資盛平氏敗走の直前、彼は壇ノ浦で戦死) 1.11


・ 榾(ほた)の火や白髪のつやをほめらるゝ
 (一茶1811、49歳の作、まだ未婚だから、知人と囲炉裏を囲んでいるのか、薪がよく燃えて、明るい光が各人の顔を照らし出す、一茶は「白髪のつやを褒められた」、複雑な気持ち、もう黒髪はないんだなぁ・・・) 1.12


・ 尼僧は剪る冬のさうびをただ一輪
 (山口青邨、「尼僧が、咲いている冬バラを一輪だけ剪り取って持ち帰った」、寺だろうか、キリスト教会か、持ち帰った一輪は、白バラだろうか、深紅なのか、「ただ一輪」がいい) 1.13


・ 逃げてゆく君の背中に雪つぶて 冷たいかけらわたしだからね
 (田中槐 (えんじゅ)『ギャザー』1998、彼氏と雪玉を投げて遊んだのだろうか、でも楽しくない、途中で彼氏は逃げだす、追うように背中に雪玉をぶつける作者、とても空しい、恋は終わったのだろう) 1.14


・ 「美人ね」と友の噂を聞いているロッカー室で着がえるあいだ
 (笹岡理絵『イミテイト』2002、大学の女子用ロッカールーム、ロッカーに隔てられて互いの姿は見えないが、ひそひそとかわされる恋バナなどが聞こえてくる場所、今日は、自分のことを噂している友人の声が) 1.15


・ とけてから教えてあげるその髪に雪があったことずっとあったこと
 (干場しおり『そんなかんじ』1889、作者は大学生だろうか、彼氏の髪の毛についた雪が、すぐ融けずにしばらくそのままだった、「教えてあげる」がいい、二人の親密な感じが伝わってくる、初々しい恋の歌) 1.16


・ 生々しく脱皮したいと願ってる百対(つい)の脚がはねる校庭
 (安藤美保『水の粒子』1992、作者はお茶の水女子大学の学生、たぶん大学構内にある付属女子高の体育の授業だろう、少し年下の少女たち、50人もの脚は「生々しい」、でもそれは「脱皮したいと願っている」脚) 1.17


・ 蒲団着て先ず在り在りと在る手足
 (三橋敏雄『畳の上』1988、とても面白い句、蒲団に入って寝ようとしているのだが、まだ寝つけない、というのも、手足の先がちょっとでも蒲団からはみ出すと、寒くて気になる、冷気にさらされる手足は「在り在りと在る」) 1.18


・ 歌かるたにも美しひ意地が有(あり)
 (『誹風柳多留』1765、正月だろう、晴着も美しく、にこやかに振る舞っていた女性たちも、百人一首の勝負になると、うってかわって戦闘モードに) 1.19


・ 花嫁は飯を数へるやうに喰い
 (『誹風柳多留』1784、婚家に嫁いだ花嫁は、遠慮がちに愛らしく振る舞うのがよしとされた、この花嫁もご飯を数えるようにして食べる仕草が初々しい) 1.20


大寒の一戸もかくれなき故郷
 (飯田龍太『童眸』1959、作者の故郷である山梨県堺川村は寒さの厳しいところ、大寒の日、「一戸のかくれもない」ほど空気が澄みきって、全戸が見えている、それほど寒いのだ、今日は大寒) 1.21


・ 一心の時ゑくぼ出て毛糸編む
 (井上哲王『石見』1997、妻が一心に毛糸を編んでいる、その妻の頬に「ゑくぼ」ができている、仲の良い夫婦なのだろう、心温まる愛妻句) 1.22


・ 冬波の百千万の皆起伏
 (高野素十『雪片』1952、冬の海の波立つ波濤を、漢詩のように短い句によって見事に表現した、やはり冬の海を詠んだ佐藤佐太郎の歌「冬の日の眼に満つる海あるときは一つの波に海はかくるる」とは、また違った味わいがある) 1.23


・ ユーラシアより来りしもののしづけさに鯉はをりたり大砲(おおづつ)のごと
 (米川千嘉子『一葉の井戸』2001、池に大きな黒い鯉がいるが、静かであまり動かないのだろう、それを「ユーラシアより来たりしもの」という意表をつく大きな時空的視点を重ねたところにユーモアが) 1.24


・ 収めたる冬野をみつつ行くゆふべひろき曇に天眼(てんがん)移る
 (佐藤佐太郎1975、夕方の冬の野を一望に収めながら、列車で移動しているのだろう、曇り空から太陽光が差し込む「天眼」が、視野の中でゆっくりと位置を変える、いかにも佐太郎らしい雄大な自然詠、「天眼」とは仏教用語で、すべてを見通す超自然的な眼の意味もある) 1.25


・ おしなべて境も見えず雪つもる墓地の一隅をわが通り居り
 (斉藤茂吉『白き山』、1946年1月、山形県大石田で詠んだ歌、深く雪に埋もれた墓地は、どこが誰の墓かもよく分からない、その一隅をただ一人で通りかかる茂吉、死者たちと自分が一緒にいるような親しみを覚えたのだろう) 1.26


・ 情緒過多のメール鞄に落とし込み地下鉄一本見送っており
 (野口あや子「こんな恋などしていない」『短歌往来』2009、作者は大学生、地下鉄のホームで電車を待っていると、彼氏から「情緒過多のメール」が、少し考え、返信せずに携帯を鞄に投げ込む、あぁ、電車が行っちゃった) 1.27


・ 溜め息とぎりぎり似てるその「ッ」が聞きたくてTの肩をゆるく嚙む
 (もりまりこ『ゼロ・ゼロ・ゼロ』1999、彼氏の発する聞き取れないほど小さな「ッ」という音は「溜め息」に似ている、それが聞きたくて彼氏の肩を「ゆるく嚙んでみる」、繊細で素敵な恋の歌) 1.28


・ 風中に待つとき樹より淋しくて蓑虫にでもなつてしまはう
 (小島ゆかり『水陽炎』1987、作者は20代の前半、恋が始まったばかりの頃だろう、街頭でデートの待ち合わせ、彼がちょっと遅れてもとても淋しい、蓑虫になりたいほど淋しい) 1.29


・ 冬灯(ふゆともし)死は容顔(ようがん)に遠からず
 (飯田蛇笏1943、「容顔」は顔つきのこと、作者の父の臨終を看取った句、「冬の弱い灯に照らされた父の顔は、まだ温かみと柔らかみが残る生者の顔だが、ああ、もうあと僅かで、これが硬直した死相に変ってしまうのか」) 1.30


・ 谷川や氷の底の水の音
 (高濱虚子1894、完全に凍りついたように見える谷川、でも、近づいてみると底の方に水の流れる音がする、そうか、春が近いのかもしれないな) 1.31