[今日のうた] 10月

[今日のうた] 10

けふからは日本の雁ぞ楽に寝よ (一茶『七番日記』、津軽海峡で詠んだとされる、はるばる海を渡ってきた雁を迎え入れる、一茶らしい優しさ) 10.1

 

向きあふて何を二つの案山子(かがし)哉 (子規1894、案山子は「向き合って」いても、何か考えていそうではあっても、「二人」ではなくあくまで「二つ」なのか) 2

 

秋の風衣と膚(はだへ)吹き分つ (虚子1936、「秋の風には独特の寒さがある、あたかも服と皮膚の間に風が通るような」) 3

 

運動会庭の平(たひら)を天に向け (山口誓子1957、小学校の秋晴れの運動会だろうか、児童たちを見守るのは校庭の人々だけでなく、晴れ渡った青空=「天」もまた観覧している) 4

 

いなづまの触れざりしかば覚めまじを (橋本多佳子1948、「いなづま」が光ったのを感じて眼が覚めたが、作者は「いなづまに触れられた」と感じた) 5

 

戦なき戦後を生きて敬老日 (佐々木光博「朝日俳壇」10.5 大串章選、「平和な時代を生き続けて敬老日を迎えた。感謝あるのみ」と選評」) 6

 

蟷螂(とうろう)の吹かれてきたりシャツ干せば (杉山滿「東京新聞俳壇」10.5 小澤實選、「シャツを洗濯して干したら、かまきりが吹かれて来て、とまった。かまきりの大きなかたちと緑色が鮮やかだ」と選評) 7

 

屋上でお化け屋敷の効果音みんなで悲鳴の練習をする (山添葵「朝日歌壇」10.5 永田和宏/高野公彦共選、「文化祭の出し物か。楽しすぎて悲鳴にならないんじゃないだろうか」と永田評」) 8

 

鉛筆の芯執拗に尖らせてあなたの描くあなたの生家 (牧角うら「東京新聞歌壇」10.5 東直子選、「「あなた」が出自に執着していることを、言葉の響きとイメージを駆使して浮かび上がる絵で示した。念のこもった細密な風景画が浮かぶ」と選評) 9

 

コスモスの花によせたる愛憐が君と我との距離を近くす (藤岡武雄『うろこ雲』1957、二人とも「コスモスの花が大好き」という共通点が彼女との距離を近くする、カント『判断力批判』の言うように、美は人と人とを結び付ける) 10

 

竹群にひびく月かげ心ふかく愛ふかくこそあらしめたまえ (山田あき『流花泉』1959、作者は、夫の坪野哲久とともにプロレタリア歌人、戦前は、治安維持法で検挙された病身の夫とともに焼き鳥屋の屋台を引いて生計を支えた。「愛」の一語は彼女の人生のキーワード) 11

 

みしみしと骨摑みあらそふいづこにかせつぱつまりし愛情に似て (葛原妙子『原牛』1960、作者1907-85の年齢からして、夫婦げんかをしているのか、でも愛のある夫婦) 12

 

世の隅に「愛」をば持つと信じつつ苦しむ日なり音もなき朝 (佐佐木治綱『續秋を聴く』1960、おそらく若い時、恋愛に苦しんだ歌だろうか、作者は佐佐木信綱の三男で、佐佐木幸綱の父) 13

 

憎まねば別れられぬを愛といひ少しも進まざる人生のごと (北沢郁子『微笑』1962、「愛」が、「憎まなければ別れられないもの」と定義されるならば、「愛」には必ず「憎しみ」が潜在的に含まれていて、「少しも進まない人生のような」局面が顕在化する可能性があるのか) 14

 

溢れゆく泉のごとく愛し合い何処より来しと二人と思う (近藤とし子『小鳥たちの来日』1974、作者の夫の近藤芳美にも同じような瑞々しい恋の歌がたくさんある、美しい純愛で結ばれた羨ましい夫婦) 15

 

陽にすかし葉脈くらきを見つめをり二人の人を愛してしまへり (河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972、作者1946-2010は1967年に京大生の永田和宏と出会い、それまで愛していたN青年と永田の「二人を愛してしまった」と、苦悩を永田に告白し、N青年と別れた) 16

 

われを継ぐ子と寝る星の降るなかに (石曽根民郎1943、作者33歳の作、夜、幼い子が横に眠っている、戦争は激しくなり自分の友人たちは次々に出征して帰らない、自分も死を意識するから、幼子は「われを継ぐ子」。作者1910-2005は松本で活躍した川柳作家) 17

 

水栓のもるる枯野を故郷とす (河野春三1948、「敗戦直後の大都市、一面が焼け野原となり、焼け残った水道から水がちょろちょろ漏れている、そうした「枯野」が自分の「故郷」となった」、作者1902-84は大阪生まれの川柳作家) 18

 

母の手の鳴る方へ 魚形のおまえ (細川不凍1974、作者は高校生のとき水泳事故で下半身不随になり車椅子生活になった、足を使わずに移動する自分を「魚形」作者1948~は北海道生まれの川柳作家、「不凍」というペンネームが志を感じさせる) 19

 

おしえてほしい気持ちがあるんだけれど (柳本々々[やぎもともともと]、こういう場面はたしかにある、喉まで出かかっても口に出さずに飲み込んでしまうか、作者1982~は歌人、詩人でもあり、川柳も作る、第57回現代詩手帳賞受賞) 20

 

降りてゆく水の匂いになってゆく (八上(やがみ)桐子、石段や階段を「降りてゆく」、下の方には水があり、私自身が「水の匂いになってゆく」、これだけで詩になっている、ただしあまり川柳っぽくはない、作者1961~は最晩年の時実新子に師事) 21

 

チャンネルを替えると無口になった (湊圭史1973~、これはよくあること、TVでもスマホでも、しゃべりながら見ていた人がチャンネルを替えたとたん無口になる、作者は英文学研究者で詩人でもある) 22

 

売文や夜出て髭のあぶらむし (秋元不死男1901-77、ゴキブリの長い触角はたしかに「髭」のようにみえる、夜中、文章を書いていると現れたゴキブリの「髭」に作者は親しみを感じたのだろう) 23

 

永遠が飛んで居るらし赤とんぼ (永田耕衣『殺佛』1975、赤とんぼは、飛びながら中空のいつまでも同じ場所に「居る」ので、「永遠が飛んで居る」ように感じる。有限なものに無限性を感じる、いかにも耕衣らしい句) 24

 

深い夜の波が舷灯(ランプ)を消しにくる (富澤赤黄男、「舷灯」とは、自船の方向と動きを他船に知らせるために、夜に船の左右に灯すランプ、その「ランプが消える」ということは、大きな波が来て船が大きく傾くということ) 25

 

柿を食ひをはるまでわれ幸福に (日野草城1901-56、作者は<柿>が大好きなのだろう、「食ひをわ」って手元に柿がなくなると、たったそれだけのことに、もう「不幸」に感じてしまう) 26

 

壺の国信濃を霧のあふれ出づ (平畑静塔1905-97、信濃の国は盆地が多い、霧が盆地に「壺からあふれる」ように出ている) 27

 

球面のどこも真ん中天高し (中島さやか「読売俳壇」10.27 高野ムツヲ選、「秋晴れのもと、岬や船上で水平線を見渡した時、地球は丸いと実感する。同時に地球に生きる誰にとっても、立つその場こそがそれぞれの中心なのだと確認している」と選評) 28

 

タクシーの出払つてゐる菊日和 (伊東勝「毎日俳壇」10.27 小川軽舟選、「祝い事や行楽にタクシーがひっぱりだこ。タクシー待ちの列のできた駅前に菊日和らしさを感じたのが面白い」と選評) 29

 

実験を続ける息子よ 「母性」とは何かと知りたく汝(なんじ)を産みけり (納谷香代子「毎日歌壇」10.27 米川千嘉子選、「息子は研究職らしいが、そこから三句以下へ展開するのに驚き共感する。「母性」ついて答えは出ただろうか」と選評。いかにも選者好みの知的な歌) 30

 

百歳の母は医師から趣味聞かれ短歌をちょっととそれ我のこと (杉本恭子「読売歌壇」10.27 栗木京子選、「娘の趣味を拝借して返答した母。茶目っ気たっぷりな姿が想像できる。「短歌をちょっと」の「ちょっと」という謙遜した口調が達者。結句の作者の突っ込みも楽しい」と選評」) 31