今日のうた69(1月)

charis2017-01-31

[今日のうた] 1月1日〜31日


(挿絵は、榎本其角1661〜1707、芭蕉の弟子で、都会的な洒脱で華やかな句を作る人、酒が大好きで、酒の句も多い)


・ 庭訓(ていきん)の往来誰(た)が文庫より今朝の春
 (芭蕉1678、「庭訓の往来」は寺子屋で用いる手紙の書き方の初等教科書、巻頭に年賀状の模範例が、「文庫」は手箱、「さあ子どもたち、書こうね、新春が君たちの手箱から飛び出してくるよね、誰がまっ先に手箱を開けるかな」、皆さま、あけましておめでとうございます) 1.1


・ それも応(おう)是もをうなり老の春
 (岩田涼菟、作者1659〜1717は蕉門の人、「去年までワシは、あれはダメこれもダメとうるさく言っていたぞょ、でも新年を迎えてめでたい正月じゃ、いいともいいとも、あれもイエスこれもオッケーと言おう、今年からは優しいお爺ちゃんになるぞょ」、これは42歳の作) 1.2


・ 又ことし娑婆塞(しゃばふさぎ)ぞよ艸(くさ)の家
 (一茶1806、「遊民遊民と賢き人に叱られても、今更せんすべなく」と前書、一茶は44歳、独身で定職無し、「今年もまた貧しい草庵で正月を迎えたよ、でも、自分はまだ「娑婆塞ぎ」(=穀つぶし)なんだよなぁ」) 1.3


・ 大酒に起きてものうき袷(あはせ)かな
 (榎本其角、「うぃー、おそようございます、二日酔いだん、正月はつい飲み過ぎちゃう、和服着たけど気分わるくって動けないよん」、作者は芭蕉の弟子、酔吟の句も多い) 1.4


・ 精神科年賀云ふもの云はぬもの
 (平畑静塔1978、作者1905〜97は精神科医、精神病院も正月はめでたい、でも「新年おめでとうございます」と言う患者がいれば、けっして言わない患者もいる、作者の悲しみと気遣い) 1.5


・ 雲だにもしるくし立たば慰めて見つつも居らむ直(ただ)に逢ふまでに
 (よみ人しらず『万葉集』第11巻、雲は人の魂を連想させた、「貴方は来ないのね、せめて雲が立つならば、貴方が来るまでその雲を貴方だと思って眺めていられるのに、雲も立たない、ああ、貴方に会えないんだわ」) 1.6


・ はかなくて夢にも人を見つる夜は朝(あした)の床(とこ)ぞ起き憂かりける
 (素性法師古今集』巻12、「夢の中で、ほんのわずかだけ貴女をちらっと見かけました、翌朝目が覚めても、言葉さえかけられなかったことが悲しくて、つらくて、なかなか起き上がれません」) 1.7


・ 思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけむをりぞ恋しき
 (藤原俊成『新古今』巻15、「私は今、貴女に恋する苦しさに呻吟しています、貴女に会ったときの面影を思い出しては、いくらかは癒されるのですが、それでも、貴女を知らなければよかったと思うほど苦しんでいます」) 1.8


・ おのが息おのれに聞こえ冬山椒
 (森澄雄、冬山椒の樹は、山椒と違って冬でも緑色の小さな葉が残っている、「冬の朝、自分の吐く白い息の音まで聞こえるように寒い、冬山椒の小さな葉の緑色が、ひときわ目にしみる」)1.9


・ 懐手空青ければ解きけり
 (斉藤昌哉「朝日俳壇」1989、加藤楸邨選、「空が青いなあ、何だかうれしくて、思わずふところに組んでいた手をほどいてしまったよ」、青空は冬が一番青い) 1.10


・ 寒月や穴の如くに黒き犬
 (川端茅舎1934、冬の夜の闇に「穴」のように見える黒犬、明るい月と対照的だ、作者は病のため画家を断念し、高濱虚子に師事、絵画的な句を詠んだ人、「・・のごとく」をよく句に用いた) 1.11


檸檬抛(ほう)り上げれば寒の月となる
 (和田誠『新選俳句歳時記』(1999・潮出版社)、作者は、イラスト、似顔絵、装丁、映画、作曲などを行う多才な人、「冬の月には独特の美しさがあるな、まるでレモンを空にほうり投げたらそのまま止まっちゃったみたいな」、今日は満月) 1.12


・ 迷彩のブラジャー着けたきみといてなにがなにをなにで隠したいのか
 (柳本々々・男・32歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、「面白いですね。「迷彩」=隠す、「ブラジャー」=隠す、なのに「迷彩のブラジャー」=よくわからない。そのわからなさを「なにがなにをなにで」と表現したところがいい」と穂村弘評) 1.13


・ ガンバレ(≧▽≦)と思う 下積みアイドルがAKBに「さん」付けしてて
 (新道拓明・男・24歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、「「AKBさん」とは、一般人は決して云わない。下積みアイドルの夢が、その言葉を選ばせているんだ」と穂村弘評) 1.14


・ この製品に使われている魚介類は、えび・かにを食べています
 (がぶがぶ・女・30歳『ダ・ヴィンチ』短歌欄、穂村弘選、「“ビッグカツ”という駄菓子の袋の注意書きです。カツなのに原材料が魚介類。その魚介が何かは書いてないのに、エサだけは具体的。変です」と作者コメント) 1.15


・ 寒厳し薔薇とても刺(とげ)とぎすます
 (篠田悌二郎1965、栽培されているバラは、冬には葉を落とし刺だけになるものが多い、この冬も、「バラが刺をさらにとぎすます」ような、そんな寒い時期になった) 1.16


・ 中年や独語おどろく冬の坂
 (西東三鬼、「中年、老年になると独り言がふえるな、と他人を見て思っていたが、冬の坂をゆっくり下っているとき、ふと、ぶつぶつとつぶやいている自分に気づき、愕然とする」、「おどろく」が俳諧的味わいで、この句を詩にしている) 1.17


・ 古コート就職難に立ち向ふ
 (三村純也、「なかなか仕事が見つからないな、でも頑張らなくっちゃ、今日も古コートに身を包んで、さぁ、会社訪問に出かけるぞ」、学生ではないだろう、「立ち向ふ」がいい) 1.18


・ 告白はなべてかなしと吸われつつ冬のドブ河ひととき澄める
 (岸上大作『意志表示』1961、作者1939〜60は安保闘争を詠んだ歌で名高い人、21歳で失恋を理由に自死、これはその恋だろうか、彼女に告白した直後か、吸い寄せられるように眺めた冬のドブ河が澄んでいるように感じられた、身を乗り出すようにドブ河を見詰める作者、身投げはしないまでも) 1.19


・ 凶器とはついにならざりし小詩型わが悔しみを吸いゆくばかり
 (道浦母都子『水憂』1986、60年代大学闘争から70年安保を戦った作者、短歌という小詩型も戦いの武器の一つとみなしていたのだろう、だがそれは「凶器にはならなかった」、歌は、敗北の悔しさを「吸いゆく」ものに) 1.20


・ ケータイの湖底に沈む「さやうなら」こだまのやうな別れの言葉
 (鈴木美江子、角川『短歌』2001、彼氏から直接にではなく、メールで、恋の終りを告げられたのだろう、まだスマホがない頃のケータイの暗い小さな画面、「湖底に沈む」ように「さやうなら」の文字が) 1.21


・ 冬すみれおのれの影のなつかしき
 (川崎展宏『夏』1990、冬すみれの小さな花をよく見ようと近づいたのだろう、そしたら、冬の弱々しい陽光に映る自分の影も近づくのが見える、花に話しかけているような自分) 1.22


・ 冬薔薇(そうび)色のあけぼの焼跡に
 (石田波郷、敗戦後二三年間の作者の句には「焼跡」がよく出てくる、「冬の明け方、東方の空と同じ色の小さなバラが、焼跡に咲いている」) 1.23


水仙の香やこぼれても雪の上
 (加賀千代女、雪景色の中に咲いている水仙、花の中央にある副花冠の黄色が、雪の白さに映えて美しい、「雪の上にこぼれる」ようにかすかな香りも) 1.24


・ 色白し足が長しと言ひながらわれの羞恥をやすやす奪ふ
 (ぬきわれいこ『翳』2007、作者は短歌誌『レーベ』を主宰、若い人ではない、夏にTシャツと短パンか何かの恰好でいるのだろうか、「やすやす奪ふ」とは? よく分からないけれど、何だか面白い歌) 1.25


・ 少年の表情残すアイドルに惹かれゆくほど寂しきかわれは
 (伊藤千代子「短歌朝日」2002、作者はたぶん若くないのだろう、少年のようなアイドルに惹かれてしまう自分を「寂しい」と感じる、自分の歳に合った大人のアイドルには惹かれないのか) 1.26


・ なべて世の憂きが好きなの とり分けてをとこ心のにんぴにん風
 (池田はるみ『奇譚集』1991、「人非人」つまり、人情や恩義をわきまえない無頼漢みたいな男が好きだという作者、そこには人間の「つらさ」が表れていると感じるからか) 1.27


・ 婚姻をひそやかに終へ新月の魚類は空へのぼりゆくかな
 (永井陽子『なよたけ拾遺』1978、作者はずっと生きる寂しさを詠み続けた人、「満月ではなく新月の晩、月の見えない晩に、魚たちがひっそりと結婚し、空にのぼってゆく」、魚だけではなく人間の結婚も、本当は寂しいものなのか、今日は新月) 1.28


・ 雪となりて降り来るまことのうつしみよわがくちづけしきみはまぼろし
 (水原紫苑『くわんおん(観音)』1999、すでに他界した恋人を回想しているのか、その人の「現身(うつしみ)=この世に生きている身体」が雪となって空から降ってきた、雪なら触れられる、だが口づけすると消えてしまった、「まことの」が哀切) 1.29


・ しらくものひろがりてゆく冷えた窓おとこらはみな魔法を持たず
 (江戸雪『百合オイル』、大都会の高層ビルのオフィスだろうか、大きなガラス窓の外は夕方の白い雲が広がって美しい光景なのだが、オフィスに働く男性社員たちには疲れた感じが漂っている) 1.30


・ 粉雪にまみれし毛皮を喜びて蛮族のごとく帰りきたれり
 (井辻朱美1986、作者は二十代か、立派な毛皮のコートには粉雪がよく似合う、友人たちと一緒に「蛮族のごとく」華やぎながら帰宅するのは楽しい) 1.31