美と愛について(14) ― 渡辺茂『美の起源』(続)
(写真↓、オーストラリアに生息するニワシドリ[庭師鳥]のオスは、まるで庭師の名匠のように、アヴェニュー型(上)とメイポール型(下)の二種類の巣を作る。だが住むためではなく、その「豪邸」をメスに見せて求愛するためだ、こういう動機は「性選択」としてのアートの起源と言えるのか？)
今回は、渡辺茂『美の起源』の後半の興味深い論点について。
(4)著者は、たくさんの動物実験を行い、動物の美的認識、美的識別力を探っている。たとえば鳥は視覚も聴覚も優れており、ハトは人が映っている写真を識別するし、キュビズムと印象派の絵も識別できて、白黒の輪郭の線に変えても識別できる(p86f.) ハトはまた、上手な児童画と下手な児童画の区別もできる(p96)。ブンチョウは人のしゃべる言葉の抑揚の違いを識別できるし(102)、ジュウシマツなど鳥の歌のソノグラフをつくると、音楽の楽譜と似ている。ウグイスなど小鳥のオスの鳴き声も本能的なものではなく、主に父親から鳴き方を学ぶのだという(68)。鳥類が視覚や聴覚に優れているのは、光のある昼間だけに行動するからだろう。それに対して哺乳類は、夜間に活動するものも多く、嗅覚には優れているが視覚や聴覚はそれほどでもないという。それでも著者の実験室のマウスは、カンディンスキーとモンドリアンの絵の区別ができるという(94)。
(5)とても興味深いと思ったのは、著者の実験室のマウスに、他の2匹のマウスの映像を見せて、関心の差(眺めている時間の差)を測定した実験だ(111)。他の2匹が、(1)何もしていない、(2)闘争している、(3)性交している、という三種類の画像を見せたら、関心は、闘争＞性交＞何もしていない、の順に高かったという。これはおそらく、生物の関心にとって、個体の自己維持が一番、種の自己維持がその次ということではないだろうか。私たちヒトも、隣人のケンカや暴力、そして性的身体が知覚された場合は、強い関心を示す。
(6)さらに、芸術の起源をめぐる考察も重要だ。ウグイスの声やクジャクの羽の美しさが求愛のサインであるのは、性選択が個体形質の美として顕在化したものである。しかし上の写真にあるように、ニワシドリが、自分たちが住むのではなくメスに見せるためだけに作る「豪邸」がほとんどアート(芸術)の領域にあるとすれば、性選択が作品の美として顕在化したといえる。人間の芸術の起源はどうなのだろうか。
2万年前のラスコーの動物画などは、真っ暗な洞窟の奥にある。なぜそんな場所にあるのだろうか。たいまつで照らすにしても、明りには不自由したはずだ。一つの仮説として、洞窟の大きさや絵の位置からすると、絵を前に人々が集まり、声を上げる祭祀の場とも考えられるという(126f.)。私はしばらく前に国立博物館の縄文展を見たが、そこで大きな衝撃を感じたのは土偶であり、人間だけでなく、大きな魚やイノシシなど動物の土偶もあった。当時、人々はこの土偶に祈ったのだろう。木の実を主食にしていた縄文人にとって、大きな魚やイノシシは貴重な動物性タンパク源である。だからそれらに対して感謝の念を持ったはずだ。ラスコーなどの動物画も、おそらく祈りの対象だったのではないか。
絵の起源に関わるさらに重要な事実として、4万年も前に、スペインのエル・カスティーリョのやはり洞窟の中には、ヒトの手形が顔料によって岩に吹きつけられている。これが人類最初の絵といわれているが、本書では、顔料に注目して、この顔料は最初はボディペインティンに使われたもので、それを使ってやはりボディの一部である手の形を岩に写し取ったのが最初の絵だろう、という解釈が出されている(132)。これはヒトの身体が裸体になると、ヒトは皮膚にボディペインティングをして身体の性的魅力をアピールしたというダーウィン説とも一致する。ダーウィンは、未開人たちの酋長などのボディペインティングに注目していた。今日でも化粧や服のファッションなどは、身体の性的魅力を高める役割を果たしている。その意味でボディペインティングが絵の始まりだというのは、美の起源が性選択に由来するという仮説を、身体の進化だけでなく、人工的に創りだした作品＝アートにまで拡張することができるわけだ。
PS ：美と愛が最高に一体となったシーン、イギリスの哲学者バーナード・ウィリアムズは、「どんな下手な田舎劇団でも、フィガロの結婚なら見たい」と言いました。モーツァルトは、素人が歌っても美しい。下記は、大学の学芸会の『魔笛』と、岩手県の高校生によるケルビーノのアリアです(各3分)。
