折々の言葉(5) 9・10月ぶん

折々の言葉(5) 9・10月ぶん

 

通行人は愛すべきもの。でも作家にひっかかるのは避けたい。なのに私はひっかかってしまった。ある日、Pに出会った。作家だ。彼は親しげに私の肩を叩きコーヒーに誘った。「君の例の作品読んだよ」、彼は言った。「ほんと?」(ドゥブラフカ・ウグレシッチ『君の登場人物を貸してくれ』) 9.2

 

彼の発言に私は黙りこむ。その時少しは熟考すべきだったのかもしれない。男の人と出会うと必ず点灯する小さな赤信号が、その時も目に入ったかもしれない。・・なのに私は(もっとも毎度のことだが)、赤信号を見逃してしまった。(ドゥブラフカ・ウグレシッチ『君の登場人物を貸してくれ』) 5

 

私は間違ってキャンデーがついてない棒しかもらえなかった子供のように、棒だけを握って取り残された。そんな子供はキャンデーは食べたのだろうと思われ誰にも気にかけてもらえない。私は空想の棒を切ない思いで見つめていた。(ドゥブラフカ・ウグレシッチ『君の登場人物を貸してくれ』) 9

 

女が献身的に身を尽すと、男はすぐに熱がさめて主人顔に。でも女が残酷で不実になり、男を虐待したり、厚顔に玩具にしてやったり、無慈悲な顔をみせると、それだけ女は男の欲情をかき立て、男に愛され、つきまとわれる。ヘレナとデリラの昔からそう。(マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』) 12

 

あたしたちのあいだには、ささいな瞬間というのがない。言葉をまったく交わさないか、そうでなければ、何から何までしゃべるかのどちらだから。(ベス・ヌジェント『男たちの街』) 16

 

私たちは、しょっちゅう親子なのかと訊ねられる。答えはイエスでもありノーでもある。ちょうどレズビアンたちが、世界に対してはともかくもお互いに対して真実であるように、どちらの言い方も真実だ。真実は私たちにしっくりなじむ。(ジャネット・ウィンターソン『詩としてのセックス』) 19

 

一般に恋愛沙汰においては、女のほうが乗り気になっている場合には事が早く進むものですから。(セルバンテスドン・キホーテ』) 23

 

より気にかかることがあると、記憶の力はしばしば奪われてしまうものです。(ダンテ『神曲・煉獄篇』) 27

 

「得られてしかるべきものはおおよそ手に入れた。しかし、一人は寂しい、どこか虚しい、だから結婚したい」と思ったとき、その人間が「結婚」に求めるものは、当然、「一緒にいて楽しいと思えるエンターテインメント性になります」(橋本治『あなたの苦手な彼女について』) 30

 

(微笑んで)[このユニコーン=一角獣は]手術を受けたと思うことにするわ。角を取ってもらって、この子もやっと普通[の馬]になれたと思っているでしょう!(テネシー・ウィリアムズガラスの動物園』、ローラの科白。「手術」とは、ウィリアムズの愛する姉ローズのロボトミー手術の暗喩。「角」は、切除された彼女の脳の一部。何という悲しい科白) 10.3

 

私は、テレビを見ることも、雑誌の頁をめくることもできなかった。[なぜなら]香水や電子レンジを扱ったすべての広告が告げているのは、ただ一つのこと、一人の男が一人の女を待っていることだから[見るのは苦痛だった]。ランジェリー専門店の前を通るときには、いつも顔をそむけた。(アニー・エルノー『シンプルな情熱』) 7

 

次から次へと考えが湧く男は、とかく目標を踏みはずす。湧き上がる力が互いに力をそぎ合うからだ。(ダンテ『神曲』煉獄篇) 10

 

人はよく、物事に名前を付けるわ。私が棘と思うものを、あなたは薔薇と名付け、あなたが熱愛とお呼びになるものを、私は拷問と呼びます。(コルネイユ『舞台は夢』) 14

 

こうしたことでは女は敏感だし巧妙だ。二人の崇拝者を互いに仲良くさせておくことができれば、得をするのはいつも女だもの。(ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』) 21

 

人間の幸福は、愛されているという意識から主として成り立っていると私は信じている。(アダム・スミス道徳感情論』) 24

 

何にもならない、思いを遂げても、満足できなければ。(シェイクスピアマクベス』)28

 

その読書の途中、何度も私どもの視線がからみ合い、次の一節で私どもは負けたのでございます。この人は、うち震えつつ私の口に接吻いたしました。(ダンテ『神曲・地獄篇』)31