[オペラ] B.ジネール《シャルリー ― ~茶色の朝》

[オペラ] B.ジネール《シャルリー ― ~茶色の朝》 神奈川県立音楽堂 10月31日

(写真は舞台↓、1人の歌手と5人の室内楽という構成だが、表現の力は十分)

f:id:charis:20211101090125j:plain

f:id:charis:20211101090143j:plain

2002年にフランスで極右のルペンが大統領選に躍進したことに危機感を覚えた作曲家ジネールが、少し前に書かれたフランク・パブロフの小説『茶色の朝 Matin brun』をそのままオペラ化して《シャルリーCharlie》という人の名前のタイトルにした。45分くらいの小品だが、今回の日本初演では、前半に室内楽[=アンサンブルK]がクルト・ヴァイルなどの小曲を7つ演奏する部分(40分弱)と組み合わせて上演された。「茶色」はナチスの突撃隊の征服の褐色を暗示している。ファシズムは静かにやってくる、というのが『茶色の朝』の主題。茶色以外の犬を飼うことを国家が禁止するという何気ない小事から、やがては茶色=一定の政治的・思想的立場以外はすべて禁止される。国民が油断しているうちにナチスがドイツで政権掌握する過程を、小さな舞台の静かな物語で再現しているわけだ。最初は白い服を着ていた主人公の女性も、途中から茶色の服に変えたのに、過去の思想が茶色以外だったと判断されて、最後は逮捕される↓。主人公は、パブロフの原作では男性だが、オペラでは女性に変えた。これが適切だったというトークセッションでの高橋哲哉氏の発言は鋭い。ファシズムは、まずは兵士より先に「銃後の女たち」を捉えるからだ。

f:id:charis:20211101090216j:plain

このような政治劇であるにもかかわらず、音楽が美しいのに驚いた。現代音楽なのだが、ファシズムや暴力は、ときどき鳴る不協和な音で暗示されていて、歌と全体の音楽の流れはとても美しい。前半に演奏された小曲も、すべて第一次大戦から第二次大戦にかけてユダヤ系作曲家によって作曲されたものだが、その旋律は極めて美しい。特にパリからさらにアメリカに逃れたばかりのクルト・ヴァイルが作曲した「ユーカリ」は、現代音楽のシャンソンだが比類なく美しい。そして同時に演奏された《三文オペラ》の一部が、こんなに美しい曲だとは初めて知った。極右の台頭に警鐘を鳴らすオペラで、芸術的にも非常な成功作なのだが、その夜に総選挙で「維新」が躍進したのは本当に残念。写真↓は前半部。

f:id:charis:20211101090239j:plain