ミリカン『意味と目的の世界』(4)

charis2007-06-09

[読書] ルース・ミリカン『意味と目的の世界』(信原幸弘訳、勁草書房、07年1月刊)


(図は、ミツバチの丸型ダンス。蜜が巣から近い時は、8の字ダンスではなく、このダンスを踊る。この単純なダンスも、蜜の位置の情報を表現しているといわれる。J.Bowman氏のHPより借用。)


本書は『意味と目的の世界』(原題:Varieties of Meaning)と邦訳されたように、「目的」がキーワードである。一般に自然主義の立場は、因果関係の他に「目的」を容認するのは難しい。宇宙の中に「目的」を認めると、「創造主=神の叡智」の出番になりがちなのは、カントの批判にもかかわらず、現代の「人間原理」や「知的計画 Intelligent Design」等が示す通りである。しかしミリカンは、「目的」を人間を含む生物全体に認めようとする。ただしそれを、神に頼ることなく、進化生物学に加えて、自然記号の「意味」や「表現(表象)」という道具立てを使って行う。彼女の議論は錯綜して難解だが、第1章「人間の目的とその食い違い(Purposes and Cross-purposes of Humans)」の議論から、いくつか論点を拾ってみよう。まず、彼女の文章の引用(どちらもp11)。


>私は、本当の目的とたんに比喩的な目的、人間の目的とたんに生物的もしくは「自然的」な目的、あるいは人全体の目的とサブパーソナルな目的、つまり人の部分の目的とのあいだに、原理的な境界線を引くことはできないと思う。


>たんなる生物的な目的からもっともかけ離れているように見える目的は、明示的な人間の目標や欲求、意図である。これらが他の目的と異なるのは、ひとつには、それらが心的に表象された目的だからである。それらは自分自身の達成条件を表象する。しかし、もちろん、心的表象がそれ自身の目的を表象するためには、表象すべき目的を自分のものとして<持って>いなくてはならないだろう。そして、この目的は進化のさまざまなレベルから派生してくる。明示的な欲求と意図は、それらが表象するものを産出することに貢献するということを自分自身の目的とするような心的表象である。それらは、それらが表象する事態を実現するのに役立つがために選択されたのである。


たとえば、同僚のダンスを見たミツバチが蜜のある花へ向かうのと、「ごはんですよ」という母親の声を聞いて食卓へ向かう家族とを比較してみよう。両者は、ある点では異なるが、しかしある点では異ならないというのが、ミリカンの主張である。人間は、「目標、欲求、意図などを心的表象として持つ」という点が、ミツバチとは違う。ミツバチは同僚のダンスを見て、「おっ、蜜があそこにあるのか。まてよ、オレは今、蜜がほしいか? そんな欲求は感じないが、まぁサボるのも何だから、行くとするか。でもレンゲの蜜よりタンポポの蜜の方が欲しいなぁ・・」などと考えはしない。ミツバチのダンスは「オシツオサレツpushmi-pullyu」表象であり、「〜である」という事実記述と、「〜せよ」という行動指令とが分離せず一体になった表象である。ミツバチは「目標、欲求、意図などを心的表象として持たない」が、しかしそれでも、そのダンスはコミュニケーションであり、ミツバチが目標へ向かうのは、リンゴが落下するのとはまったく違うのである。


一方、人間の場合は、事実記述の側面と行動指令の側面が分離した心的表象として存在しうる。「ごはんですよ」という声を聞いて、「おなか減ってないから、後で食べる」と答えて行かないことも、「今日はスキヤキだろう」と食卓を思い浮かべてにっこりすることもありうる。しかしまた、何も考えずに、その声に引き寄せられるように食卓に向かう条件反射的な行動の場合もあるだろう。人間の場合、対応はさまざまだが、重要なことは、「心的に表象された目的は自分自身の達成条件を表象する」ことである。つまり人間は、行為に先立って、どのような状態なら目標が達成されたことになるのかという、未来の光景を表象することができる。「目標状態表象」によって人間は、未来という時間様相を意識することができ、また「何か新しいものを創り出す」(p318)ことができる。


この点でミツバチとは大いに違うのだが、しかし一方では、心的に表象するためには、「表象すべき目的を自分のものとして<持って>いる」ことがその前提である。たとえ心的に表象できなくても「自分の目的として自分の内に<持つ>」ことは、3、4歳以下の幼児の行動や(p14)、ミツバチにも共通する「目的」の普遍的なあり方である。つまり、自由に心的に表象できる目標、欲求、意図だけが「目的」なのではなく、「進化のさまざまなレベルから派生してくる」膨大な目的を、「自分の身体の内に持っている」のが人間なのである。[続く]